琉球史料学の船出 いま、歴史情报の海へ
いまの沖縄県を中心とする地域には、かつて琉球という国家があった。日本?中国をはじめ朝鮮から東南アジアまで多くの国々と海を越えて通交し、国際社会に認められた独自の存在感を放つ王朝であった。その琉球に関する歴史を追究していこうとすると、大きな壁に直面することになる。琉球処分や太平洋戦争 (沖縄戦) などによって、琉球に関する数々のオリジナルの史料が失われてしまったのだ。歴史を考えるための重要な素材となる史料が、絶対的に少ない量しか残っていないとすれば、明らかにできる歴史像もまた限定されてしまうこととなる。
だが、残された史料をじっくり見てみると、記された文字に加え、いろいろな情報があることに気が付くだろう。たとえば、これまでは文字だけが注目されてきた一通の古文書も、モノとして観察すると、使われている紙の素材や墨の種類、あるいは文字と同じように視覚的な記号として機能していた花押 (サイン) や印章など、それぞれの意味を考えさせられる情報が詰まっていることが分かる。こうした歴史情報を史料に向き合って引き出していく方法は、とくに「史料学」と呼ばれ、近年は歴史学研究における基礎学問としての位置を築きつつある分野である。
この史料学の立场から、9人の研究者が残された琉球に関する史料に挑んだものが本书である。それぞれは文献史料に轴足を置いて、より多くの歴史情报を引き出そうと格闘しているが、解読していく文字は纸に记されたものに加え、石に刻まれたものもある。纸に记されたものには古文书や记録、のちの时代に成立した编纂物などがあり、そこには日本や中国の古文书も含まれている。これだけでも琉球に関する史料が、じつに豊富な种类を持つことをお分かりいただけるだろう。
分析する手法もユニークである。文字の书かれた位置や花押?印章のデザインの検讨、さらにはデジタル顕微镜を駆使して発见された纸质の差など、それぞれの详细な観察结果が歴史的に意味のあるものだったことが论じられていく。また、文书のやり取りを行う仪礼の场に注目して、当时の誓约の意义や、文字と口头による伝达の违いが明らかにされていく。
断片的な史料から、これほどの歴史情报が引き出せるということに、ちょっとした感慨を持っていただけるのではないだろうか。それは里を返せば、まだまだ多くの歴史情报が、史料には眠っているということでもある。未知なる歴史情报の海が私たちの目の前に広がっており、そこに、琉球史料学の可能性が示されているといえるだろう。
(紹介文執筆者: 史料编纂所 准教授 黒嶋 敏 / 2017)
本の目次
序言 ―船出にあたって― 黒嶋 敏?屋良健一郎
第一部 古琉球の史料学
古琉球期の印章 上里隆史
かな碑文に古琉球を読む 村井章介
琉球辞令書の様式変化に関する考察 屋良健一郎
第二部 近世琉球の史料学
琉球国中山王の花押と近世琉球 山田浩世
近世琉球の国王起請文 麻生伸一
「言上写」再論 ―近世琉球における上申?下達文書の形式と機能― 豊見山和行
第三部 周辺からの逆照射
島津氏関係史料研究の課題 ―近世初期成立の覚書について― 畑山周平
原本調査から見る豊臣秀吉の冊封と陪臣への授職 須田牧子
"琉球渡海朱印状を読む ―原本調査の所見から― 黒嶋 敏
関连情报
『琉球新報』2017年10月22日付け朝刊 (評: 上原兼善 / 岡山大名誉教授)