生活保障のガバナンス ジェンダーとお金の流れで読み解く
著者は従来、日本に視点を置いて「生活保障システム」を対象に、ジェンダーの視点を徹底させ、英米、ドイツ、韓国の研究者との密接な共同研究を通じて、福祉国家 / 福祉レジームの国際比較研究を拡充してきた。本書はそこに「ガバナンス」の概念を導入し、社会科学研究所の全所的プロジェクト研究「ガバナンスを問い直す」の成果の一部を示す。
従来の比較福祉研究には、対象と分析の範囲の2つの面で限界があった。第一に対象地域としては欧米が中心であり、検討対象は主として社会保障給付だった。これにたいして著者の研究は、日本に視点を置き、家族や企業、非営利協同など民間の制度?慣行を視野に入れる。それらの民間の営みが、税?社会保障制度や労働市場の規制などの政府の法?政策と、相互に作用して、暮らしのニーズが充足される (されない) 仕組みを、生活保障システムと呼ぶ。
従来の研究では第二に、分析の範囲が政策や制度の効果まで及ぶことが少なかった。これにたいして本書は、生活保障システムの「効果の総体」という意味でガバナンスを導入した。その際に、欧州連合 (EU) の社会的排除の共通指標を参照する。なかでも重視されるのは貧困である。
1980 年代前後の経済協力開発機構 (OECD) 諸国の実態を踏まえて、ジェンダー視点を活かすことで、生活保障システムは「男性稼ぎ主」型、「両立支援」型、「市場志向」型の3つに分類でき、日本のシステムは強固な「男性稼ぎ主」型である。そうした特徴をもつ日本のシステムは、いまや機能不全という以上に逆機能に陥っていると、本書は主張する。逆機能とは、対処するべき問題をかえって悪化させる事態をさす。具体的には、労働時間?収入によって社会保険制度が分立していることが、雇用をことさらに非正規化させ、社会保険の収支の悪化や適用の低下を招いていること、政府の所得再分配が貧困をかえって深めることなどである。
2000年代後半の日本の生活保障のガバナンスは次のように示される。(1) 日本の貧困率は OECDで最も高い部類である。(2) 労働年齢人口の貧困者では、共稼ぎでも貧困から脱出しにくいという特徴がある。女性の稼得力が貧弱なためだが、それだけではない。労働年齢人口で成人が全員就業する世帯 (共稼ぎ、有業のひとり親、有業の単身者) にとって、また子どもの全体にとって、政府の所得再分配が貧困を削減する度合いがマイナスである (OECDで日本だけ)。(3) 子どもの貧困率でも日本はOECDで高いグループに属し、とくに有業のひとり親 (とその子ども) の貧困率は60%と突出して高い。政府の所得再分配が逆に貧困を深めている影響が、ここにも伺える。
日本では、世帯として目いっぱい働くことや子どもを生み育てることが、いわば税?社会保障制度によって罚を受けている。労働力人口の急减が忧虑されている社会として、まことに不合理な事态に陥っているのである。本书は终章で、この不合理から脱出する展望を示す。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 大沢 真理 / 2016)
本の目次
第1章 所得の格差?動態にかんするデータ - ミクロとマクロ
第2章 生活保障システムというアプローチ
第3章 福祉レジーム论をふりかえる
第4章 生活保障システムの3类型と日本
第5章 「失われた20年」のガバナンスの推移
第6章 失われた20年の始まり - 1990年代のガバニング
第7章 小泉改革とはなんだったか - 2000年代のガバニング
第8章 生活保障システムの比較ガバナンス - 2000年代の日本の座標
终章 グッド?ガバナンスに向けて
関连情报
2014年5月に第6回昭和女子大学女性文化研究賞 (坂東真理子基金)
书评:
『日本経済新闻』2014年3月23日
『ふぇみん』No.3052 (2014年4月15日)
「毎日新聞」2014年12月9日付夕刊の「読書日記」に掲載 (著者は上野千鶴子)
『大原社会问题研究所雑誌』677、2015年3月(着者は小宫山洋子)
『書斎の窓』639、2015年5月 (著者は相馬直子)
『季刊?社会保障研究』50 (4) 2015年春 (筆者は金 成垣)
『社会政策』7 (2) 2015年12月 (筆者は堅田香緒里)