令和2年度文化功労者顕彰
令和2年度文化功労者顕彰
堀田凱樹 名誉教授、伊東俊太郎 名誉教授、原島文雄 名誉教授、十倉好紀 卓越教授が、文化功労者として顕彰されました。
堀田凯树 大学院理学系研究科?理学部 名誉教授
本研究科(物理学専攻)名誉教授の堀田凯树先生が2020年度の文化功労者に选ばれました。堀田先生は1963年に本学医学部をご卒业の后,同大学院,カリフォルニア工科大学研究员,本学医学部助手を経て,1972年に本学理学部讲师に就任し,1973年に同助教授に,1986年に同教授に昇任されました。1997年に本学をご退官后は,国立遗伝学研究所所长,情报?システム研究机构の初代机构长などの要职を歴任されました。
堀田先生は行動遺伝学,生物物理学,神経発生遺伝学等の分野において数多くの顕著なご業績を挙げられています。特に,モザイク解析という古典遺伝学の手法を用いて,動物行動を遺伝子と発生現象に結びつけ,さらに数理統計学的を応用して突然変異症状の診断と解析を行った一連のご研究は極めて独創的なもので,分子発生遺伝学立ち上げ時期の内外の研究者に大きな影響を与えました。一方,わが国においてショウジョウバエ,ゼブラフィッシュなどのモデル生物を用いた分子遺伝学を普及するのに大学等の组织の枠を越えてご尽力され,分野の発展に大きく貢献されました。米国の専門誌「Journal of Neurogenetics」が特集号で先生のご退職を記念するなどご功績は国際的に評価されています。ご退職後も,国际高等研究所監事などとしてご活躍され,現在は井上科学振興財団理事長として財団の運営にご尽力されています。2年前の先生の傘寿のお祝いの会では「~生命科学の来し方,行く先~」というタイトルで講演をされ,また昨年度の本学医学部鉄門倶楽部総会では「ショウジョウバエは三回も翔ぶか」という講演をされるなど,いつもの含蓄深くかつユーモアたっぷりの語り口で参加者を鼓舞してくださいました。
先生はこれまで,日本遗伝学会木原赏,井上学术赏,武田医学赏など数多くの赏を受赏され,紫綬褒章,瑞宝中綬章も受章されています。このたびさらに,文化功労者として顕彰されたことは,まことに先生のご业绩にふさわしく,心からお祝い申し上げます。
伊东俊太郎 大学院総合文化研究科?教养学部 名誉教授
このたび、伊东俊太郎名誉教授が科学史、比较文明史の多大な研究功绩により、令和2年度の文化功労者に选出されました。心よりお庆び申し上げます。
伊东先生は、昭和31年に东京大学教养学部助手として着任されて以来、科学史の研究に専念されてきました。古代中世の科学史を専门とするウィスコンシン大学のマーシャル?クラーゲット教授の下で研钻を积み、『原论』の作者として有名な古代ギリシアの数学者ユークリッドが执笔し、『原论』とは対をなす内容をもつ『顿补迟补(与件)』と题される着作のギリシア语からラテン语への翻訳の写本を校订する业绩で博士号を取得されました。その成果は、その后の他の写本の校订作业も踏まえ、The Medieval Latin Translation of the Data of Euclidとして结実され、东京大学出版会と叠颈谤办丑&补耻尘濒;耻蝉别谤社から出版されております。
伊东先生のご研究は、その后古代ギリシアと中世ラテンとを结ぶ中世アラビアの科学史に向かい、さらに古典语?アラビア语にとどまらない多くの言语を修得なさった上で、ヨーロッパ、アラビア、アジアなどの文明を比较的に考察する比较文明论の研究へと広がっていかれました。その研究成果は、アラビア科学を视野に入れた『近代科学の源流』、『12世纪ルネサンス』などの一般向けの着作を含む多くの着作にまとめられ、それらのご业绩は『伊东俊太郎着作集』全12巻として刊行されました。
伊东先生はまた、东京大学在籍中に科学史の教育に尽力され、先生に学恩を抱く研究者は国内に数多くいます。それらの教え子により先生の古稀を记念して编まれた『伊东俊太郎博士古稀记念文集』も出版されています。日本科学史学会の会长を长く务め同学会から特别赏を授赏され、学士会からは多大なご业绩により平成26年にアカデミア赏を授与されました。最近も同窓会に足を运ばれ、讲演への批判的?建设的コメントを以前と変わらずに発言してくれています。お身体を大切になさり、これからもお元気でご活跃続けられることを、研究室一同とともに心から愿っております。
原岛文雄 生产技术研究所 名誉教授
本学名誉教授の原岛文雄先生が、令和2年度の文化功労者に选出されました。原岛先生は本所において、人の持つ柔软な适応能力を人工机械が获得するための基础理论を构筑し、実际に自动机械で実証することによりロボットが社会に受容される道を拓く顕着な研究业绩をあげて、メカトロニクス分野の発展に多大な贡献をされております。
我が国におけるオートメーションの導入は昭和40年代に遡りますが、当時の順序機械は硬直的で適応性を欠き、生産技術としてはまだまだ実用的ではありませんでした。そのころ原島先生は人の多様な動作を数学的に表現する手法を見出して、双対変数と呼ばれる一組の変数を制御することで、機械の柔軟な動作発現を実証しました。また、パワーエレクトロニクスと制御工学?機械工学等の学術を融合し、ノーバート?ウィーナー(Norbert Wiener)の提唱した人工頭脳学?サイバネティクスを人工機械?メカトロニクスとして具現化することで、我が国の産業の高度自動化に大きく貢献されました。
原島先生は平成4年4月から平成7年3月まで、所長として本所の発展に御尽力されております。原島先生が所長当時、生研ではマイクロメカトロニクス分野における日仏国際共同研究组织LIMMS(Laboratory for Integrated Micro Mechatronic Systems)の立ち上げ時期にありました。原島先生からはLIMMSの基盤固めと方向付けに関して大きくご支援を頂いており、我々LIMMSメンバーにとってはフランス国立科学研究センターのカウンターパートである部門長ジャン-ジャック?ガニュパン(Jean-Jacques Gagnepain)氏とともに創設の父とも言うべき存在です。
东京大学を退官后には、原岛先生は平成10年4月から平成14年3月まで东京都立科学技术大学学长、平成16年4月から平成20年3月まで东京电机大学学长、平成21年4月から平成27年3月まで首都大学东京学长などの数々の要职を歴任されております。またこの间に、フランス共和国教育功労章オフィシエ(平成16年)、日本ロボット学会功労赏(平成21年)、瑞宝重光章(平成27年)などの多くの赏を受赏されております。
このたびの原岛先生のご顕彰を心よりお庆び申し上げるとともに、先生のご健康とますますのご活跃を祈念いたします。
十仓好纪 东京カレッジ 卓越教授
十仓好纪卓越教授が、物性物理学の分野における长年にわたる顕着な业绩によって、令和2年度の文化功労者として顕彰されました。
十倉教授は、固体中のひしめき合う多数の電子の振舞い、すなわち多電子系の巨大な電磁応答物性の開拓とその物理機構の解明において多岐にわたる業績を挙げられ、量子物性科学分野を牽引されてきました。高温超伝導体の一般的な物質則(いわゆる十倉ルール)の提唱、そしてその指針に基づいた電子ドープ型高温超伝導体の発見を契機に、多数の電子が互いに反発しあう「強相関電子」の概念を発展させ、超巨大磁気抵抗体やマルチフェロイックス、磁気スキルミオンなど革新的な電子機能材料を開拓されてきました。これらの先駆的な業績に対して、仁科記念賞、日本IBM科学賞、Bernd Matthias Prize、日産科学賞、朝日賞、紫綬褒章、James C. McGroddy Prize、藤原賞、IUPAP Magnetism Award and Néel Medal、恩賜賞?日本学士院賞、本多記念賞、Humboldt Research Awardなど多くの賞の受賞に輝いています。
十倉教授はこれまで本学助手?講師?助教授?教授を歴任されると共に、アトムテクノロジー研究体 (JRCAT) グループリーダー、産業技術総合研究所強相関電子技術研究センター長、科学技術振興機構創造科学技術推進事業(ERATO)プロジェクト総括責任者、産業技術総合研究所フェロー、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「強相関量子科学」中心研究者も併任され、日本の物質科学研究の発展に多大な貢献を果たされてきました。また先生の物性物理学への情熱や広範で深遠な見識は学生や若手研究者を惹きつけ、これまで多数の研究者を輩出されてきました。現在も本学の卓越教授ならびに理化学研究所創発物性科学研究センター長として研究?教育に尽力され、磁性?超伝導?誘電性?トポロジーの複雑な絡み合いが引き起こす物性科学やエネルギー消費を大幅に抑えたエレクトロニクスの材料開発において世界をリードする独創的な研究をされております。
心からの尊敬の念を込めて、十仓先生のご顕彰をお庆び申し上げるとともに、今后も益々のご健胜とご活跃をお祈り申し上げます。