文库クセジュ 蚕990 レヴィ=ストロース
自然と文化はどのように区別されるのだろうか -- 本書はフランスの民族学者レヴィ=ストロースを、この疑問を生涯にわたって追究しつづけた作家として描きだしている。自然というどこまでも連続するものは、どこから文化という不連続なものに移行するのだろうか。別の角度から言えば、感覚によって捉えられる物質的世界と、知性によって理解できる記号の世界は、どのように関係しているのか。現代フランスの作家、哲学者、エッセイストとして活躍する筆者カトリーヌ?クレマンは、こうした疑問を解明しようとするレヴィ=ストロースのうちに、民族学者という枠を超えた、フランスの伝統に根ざす人間観察家 (モラリスト) の姿を認めている。レヴィ=ストロースは、人間を人間ならざるものとの境界において探究した作家だというのである。
レヴィ=ストロースがこの境界をめぐってどのような観察を展开したのかは、二十八のそれぞれの章で、多様な角度から分析されている。膨大な着作のあるレヴィ=ストロースの全体像を、コンパクトな入门书で描き切るのはほぼ不可能な课题だろう。しかし、自然と文化の违いという途方もない问いかけを究明しようとする人类学者の姿を追う过程で、カトリーヌ?クレマンは多彩な作品を読み解く确かな键をあたえてくれる。物质的现実から文化的世界への移行途上にあるものに、无限の繊细さを発挥するレヴィ=ストロースの独特の眼差しに注目すれば、作品世界の奥深くに入りこめるというのだ。その眼差しは、捉えようとする対象を、下部构造と上部构造、无意识と意识のような抽象的な二项対立に分解したりはしない。さまざまな形に変形されてゆくのに、その根底にあるものが理解できないような、调停不可能な根源的対立こそを见つめようとするのである。
分節化されない混沌とした連続性に生じる最初の変化を、レヴィ=ストロースはある過剰とある欠如の二つの系列にまず分類した、とカトリーヌ?クレマンは指摘する。この対立は、何らかの超越的な対立に還元されないまま、多彩な対立項へと次々に変奏されてゆく。たとえば「蜂蜜」は、自然の産物であると同時に調理された料理 (そのまま食べられるという意味で) であり、乾燥したものでありながら湿気を必要とし、甘かったり酸っぱかったりし、健康に良いが毒ともなり得るものである。二項対立はある根源的な対立に還元されるのではなく、別の次元に変換され、どこまでも変奏されてゆくのだ。このように両義性を増殖させ、混沌から来る光を多様に屈折させるものが、レヴィ=ストロースの探究の焦点になってゆく。それは毒、呪術師、誘惑者、仮面、虹、オポッサム、音楽における半音階、蠟で造った人物像を見ながら描くプッサンの技法など、思いがけない次元におよんでいく。感覚的なものと知的なものは、完全に結合しないまま、さまざまな組合せを生みだしてゆくのである。
八十年代に詳細に盛んに議論された「構造」という考え方、『悲しき熱帯』という二十世紀の偉大な旅行記、現在も記号論、文化論で頻繁に参照される「浮遊するシニフィアン」、「ブリコラージュ」といった概念、神話と音楽との親近性 - こうした諸点の解説はもちろんあるが、それらを超えて、書くことを支えていた根源的な情熱の在りかを明かにした点に本書の特徴がある。カトリーヌ?クレマンの描く人類学者の眼差し、人間的事象と、人間には制御できない事象との境界に注ぐ眼差しには、人類学という枠組みにおさまらないインパクトがある。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 塚本 昌則 / 2016)
本の目次
滨 民族学者の生成
滨滨 职业の道に入る
滨滨滨 地质学というモデル
滨痴 カール?マルクスの使用法
痴 象徴的なもの、ポリヌクレオチド、根と羽
痴滨 狂人、良识ある人びとの保証人
痴滨滨 ブリコラージュという薄暗い月
痴滨滨滨 构造主义とは何だったのか
滨齿 日本的魂における往復运动
X 「神話学はひとつの屈折学=反射学 (アナクラスティック) である」
齿滨 悪い父亲が泉に行くとき
齿滨滨 女性の世界は悪臭にみたされている
XIII 火を付けること - ジャガーからオポッサムへ
齿滨痴 蜂蜜に梦中の少女
XV <天のカヌー> と掘っ立て小屋の煙
齿痴滨 「彼らを结婚させよう、结婚させよう」
齿痴滨滨 阴気な道化师と阳気な戦士
齿痴滨滨滨 爱情と极贫
齿滨齿 ハマグリの水管、山羊の角、鮭、ヤマアラシ
XX 「人間は一個の生物 (いきもの) である」
齿齿滨 瞑想と伝达との戦い
齿齿滨滨 歴史、意味、祖先たち
齿齿滨滨滨 酋长の妻の产んだ赤子のように美しい
XXIV 白い羽根、黒い肌 - スワイフウェ、クウェクウェ、ゾノクワの鬼女
XXV 私たちの身近なところで - サンタクロース、お年玉、狂牛病
XXVI トロンプ?ルイユ - プッサン礼讃
XXVII 音楽 - 自分たちのあいだだけで生きること
齿齿痴滨滨滨 肯定、民族学者、生きる歓び
レヴィ=ストロース略伝
訳者あとがき
参考文献