シリーズ大乗仏教 <全10巻> 8 如来蔵と仏性
本書は、70名を超える国内外の研究者が寄稿し、2011年から2014年にかけて出版された「シリーズ大乗仏教」全10巻のなかの一冊として刊行された。大乗仏教は、紀元前5世紀のインドでブッダ (釈迦) によって興された仏教を継承しながら、紀元前後にあらたな経典制作を通してその存在を顕在化させた思想運動であり、その後数百年の時をかけて認識論と存在論を中心とする仏教思想の深化発展を強力に牽引した。本書の主題である如来蔵と仏性は、大乗仏教の最終段階の思想であり、東アジアやチベットの仏教思想の形成に大きな影響を与えた。ことに中国において、華厳の哲学と融合しながら朱子学の理論形成に影響を与えるとともに、近代になって辛亥革命の指導者たちの理論的支柱になったことは注目に値するだろう。
如来蔵と仏性は、烦悩の汚れに覆われ、迷いのなかにある众生が、一点の曇りもない智慧のさとりに达した如来あるいは仏の本性を有すること示す术语であり、端的にいえば众生の位相にある如来、仏を指す。いまだ迷いや苦悩のなかにあるものにとってのさとりや救いの成り立ちを、すでに迷いや苦悩から解放され真理が実现された如来や仏の境位から言明する如来蔵?仏性思想は、超时间的な絶対的真理が、歴史的あるいは人格的な次元にどう现れてくるかを课题とする救済论蝉辞迟别谤颈辞濒辞驳测、あるいは神义论迟丑别辞诲颈肠测としての特徴を备えている。一つの思想史の円熟期に位置する思想は、先行する歴史のなかで生まれた异なる文脉の诸概念を共存させるための、より高次の概念を生み出す。众生の位相における如来、仏を指す如来蔵と仏性は、众生と如来をともに包摂する、両者よりも一段高い次元の概念となっている。
迷いとさとりを同时に课题化する如来蔵?仏性思想が成立する根底には、宗教思想一般における救済论の特徴と仏教に固有の真理観との二つがある。宗教思想一般における救済论は、世界の様相を、人の国と神の国、此岸と彼岸、轮廻と涅槃など、相対、有限、无常の世界と、絶対、无限、永远の世界という二元的なものとしてとらえる。前者の様相から后者の様相への移行は连続的なものではなく、回心やさとりといった存在次元の転换ともいうべきできごとを必要とする。个人のなかに起こるこの経験は、単层にしか见えなかった世界の様相を一変し、それまで隠れていた世界の神秘的な面を露わにする。少なからぬ宗教がここで言説を止めるのに対して、大乗仏教は、いったん现れた二元性をさらに仮象としてとらえ、両者を究极的に无区别とみる点にまで至りつく。彼岸から见た此岸の景色、菩提に浄化される烦悩、涅槃の风光に照らされる轮廻は、なんら否定される必要のないものとして、あるがままに受容される。そこでは世界の二元性は超克され、个々の差异を认めたまま、高次の平等の様相が现れている。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 下田 正弘 / 2017)
本の目次
第二章 『如来蔵経』再考 -- 仏性の九喩を中心として (ミヒャエル?ツィンマーマン)
第三章 仏性の宣言 -- 涅槃経 (幅田裕美)
第四章 仏性の展開 -- 央掘魔羅経?大法鼓経 (鈴木隆泰)
第五章 宝性論の展開 (加納和雄)
第六章 如来蔵と空 (松本史朗)
第七章 涅槃経と東アジア (藤井教公)
第八章 煩悩と認識を画定する -- 唯識と如来蔵の二障説の起源 (チャールズ?ミュラー)