狈贬碍こころの时代~宗教?人生~ 「ブッダ最后の旅」に学ぶ
仏教の開祖ゴータマ?ブッダが、老骨に鞭打ってラージャガハ (王舎城) 郊外から最後の説法の旅に出て、ガンジス河を渡り、ヴェーサーリー郊外まで来て雨季期間の一時的滞留 (雨安居 < うあんご>) を行い、その間に重病に罹り、3ヶ月後に入滅する決意と宣言を行って、さらに北上してパーヴァー市で在家者の食事供養を受けて食中毒となり、憔悴したブッダはついにクシナーラーに辿り着いて2本のサーラ樹 (沙羅双樹) の間で臨終 (完全な涅槃) を迎え、80歳で入滅した様子が初期仏典に綴られている。特にスリランカ?東南アジア諸国に伝わるパーリ語仏典に含まれた『大パリニッバーナ経』(「偉大なる[ブッダの]完全な涅槃を記す経」) は最もその内容が詳しい。インド哲学?仏教学の泰斗、故中村元博士の優れた現代日本语訳と訳注のほか、故渡辺照宏氏の的確な解説付きの達意な翻訳などもある。また本経と内容的に近い漢訳経典 (『遊行経』など) を扱った解説書も出版されている。中村博士が「ブッダ最後の旅」と題したこの作品は、初期仏典の中ではかなりよく知られた作品と思われる。にもかかわらず、なお多くの謎を残し、かつブッダの入滅という一大事を描く宗教文学として汲み尽しがたい魅力に溢れている。
本书は中村博士の和訳に依拠しつつ、适宜、渡辺氏の解説を援用して、仏教とは异なるインド哲学を専门とする笔者独自の切り口に沿って、『大パリニッバーナ経』の内容を绍介しながら问题点を整理し、あわせて现代的な问题意识と络めながら、最终的には中村博士の「人间ブッダ探求」の意味を问い直した。
この経典は「ブッダ最後の旅」の記録としての性格が強いが、ブッダより先に亡くなっているはずのサーリプッタ (舎利弗 <しゃりほつ>) と出会うなど、明らかに事実に反すると思われる記述も含まれている。またアーナンダをブッダが再三叱責する場面などは事実をデフォルメして、入滅までの25年間ブッダに仕えたこの愛弟子を貶めようとする意図が伺われる。この経典編纂の背後には、ブッダ亡き後の教団運営のありようと密接にかかわる弟子たちの人間模様が浮き彫りとなる。
一方、本経に散见される奇跡物语や神秘的描写をどう见るかについては、単纯に后代の付加とは即断しがたい。ブッダ在世当初よりこのカリスマには奇跡物语が付託されていたに违いない。ただしブッダの教えは、そうした奇跡を信ずるか否かとはまったく関係なく、あくまでも「人间として立派に生きよ」であって、その意味で中村博士の「人间ブッダの探求」は、歴史的ブッダの事実解明としてよりも、むしろその人生哲学としての実存的な意味と可能性を志向する视点から再评価すべき点があると思われる。
このほか、涅槃図のサーラ树の本数の问题や、「死んで生きる」铃木大拙の「静かさ」に彻した生きざまに、「涅槃寂静」を重ねあわせて、平和思想としての仏教の意味を问うなども笔者独自の视点である。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 丸井 浩 / 2017)
本の目次
第一章 ブッダ入滅の物語
第二章 ブッダの遺言
第三章 弟子たちが経典に託した願い
第四章 愛弟子アーナンダと奇跡物語
第五章 自己にたよれ、法にたよれ
第六章 ブッダの涅槃 --「人間ブッダ探求」の意味
参考?引用文献と谢辞