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今后の法人化作业についての所信表明

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式辞?告辞集 今后の法人化作业についての所信表明

国立大学法人东京大学総长 佐々木 毅
平成15年(2003年)7月15日

 

国立大学法人法の成立によって本学の歴史における大きな転机が访れようとしています。本日はこれを受けて今后の法人化作业に临む私の基本的な立场を表明し、その是非について评议会の判断を仰ぎたいと存じます。言うまでもなく、私は法人化作业を行うことを前提にして総长に选出されたわけではありません。しかし、事态の変化に伴い、図らずもこの作业を行わざるを得ない立场に置かれました。この作业は本学のこれまでのあり方をある意味で根底的に见直すことを求めるものであり、従来の连続线上で取り组むことができない多くの诸课题を抱えています。この重大な歴史的段阶に当たって、以下のような基本方针に基づいて法人化作业に取り组むことの是非について评议会の判断を求め、一つの区切りとしたいと考えます。こうした重大な案件について学内の意见を徴することなく、なし崩し的に取り组むのは本学の伝统に反するというのが私の认识です。そこで、この重大な法案についてのこれまでの取り扱いを含め、私の所信表明について各部局、全学において忌惮のない议论をしていただき、私が今后この作业に取り组むことについて信任してもらえるかどうかの决定を仰ぎたいと思います。

すでに制定された东大宪章に明らかなように、本学がどのような目标に向かって、どのような点に留意しつつ歩んでいくかについては学内的な合意がすでに成立しています。学问研究と教育において国际的に名誉ある地位を占め、占め続けるというこうした本学の目标は法人化によって些かも影响を受けるものではありません。今后は法人化を活用してそうした目标をよりよい形で実现することがわれわれの课题です。法人化というのは枠组みの问题であり、ある意味では手段の问题です。従って、法人化を「使いこなす」のかそれとも法人化によって「振り回される」のかでは云泥の差が出てきます。私は决して楽観主义を説くつもりはありませんが、さればと言って悲観主义だけを煽るつもりもありません。われわれに必要なのは、法人化を「使いこなす」のに必要な冷静な现実主义です。勿论、法人化を「使いこなす」のは学问研究と教育の更なる充実という目标のためであり、それ以外のことを念头に置くものではありません。その意味でわれわれは微动だにすることなく、われわれの良き伝统を更に発展させていく覚悟を固めるのみです。

しかしながら、このことは文字通り全てが従来と同じ状态を続けることができるということを意味しません。先に私は冷静な现実主义の必要を説きましたが、本学の构成员にはそれ相応の意识改革を求めなければなりません。法人化は自己责任を大学に求めることを意味しますが、それは各大学法人が自らの资源を全体として有効に管理し、活用することを当然に要求します。これまでの大学はミクロのレベルではそれぞれに资源の有効管理を行ってきたといえるかも知れませんが、これからは大学全体のそれが正に问われることになります。つまり、これまでは文部科学省が个别的に行う管理に対して个别的に要求をしていれば済んでいたわけで、大学それ自身には有効な管理のための方法もなければその活用のための手段もなかったわけです。今后は大学が资源の有効管理?活用について直接责任を负うということになりますが、これこそ社会が大学の自治の核心と见なすものです。これははっきりと本学の教职员の皆さんに认识してもらわなければならない第一の点です。

これに伴い、学内のさまざまな组织には従来以上に厳しい説明責任が求められることになります。自分たちの组织は何を目標にし、何を達成しようとしているかについて学内的に説得できないならば、そうした组织は大学にとって意義のある组织とは言えません。存在意味の曖昧な组织の持っていた資源は別の形で有効に活用されることになります。それは当然の帰結として個々の教職員にも従来以上に厳しい説明責任が求められることにつながります。こうした形で大学全体が緊張感のあるものとして再編成されることを覚悟していただきたい。

これまでは定員とそれを根拠とする各组织があり、その連合体のような形で大学が意識されてきましたが、法人化の結果として全体よりも部分が先にあるという議論は基本的に根拠を失いました。法人がないのに部局や各组织がそのままの形で存続するということはあり得ません。これはいわば版籍奉還を前提にして全てを発想しなおすということ、全ての部分や组织(この中には本部の事務局も入ります)、そして財源を大学全体の観点から考え直すということを内に含んでいます。これがこれからの法人化作業の大前提です。

そして目下の最大にして緊急の課題は、法人の自立性を名実ともに可能にし、資源の有効管理ができるような大学法人という组织体を新たに作り出すということにあります。そのためには大学全体を見通す管理能力を備えた中枢機能そのものを創出することが必要です。こういう中枢機能が確立しなければ結局のところ各部局や各组织の存続にも深刻な影響が及ぶことは避けられません。これをほとんどゼロから有効性を発揮できる水準にまで立ち上げるために、私はそれに必要な人員と財源を断固として動員する覚悟を決めております。これまでの本部はこの点で抜本的な充実と改革を必要としており、満足すべき段階に到達するためには相当の年月と相当の資源を必要とすることだけは確かです。今後の法人化作業は現在の状態を前提にして論ずるという発想では到底対応できません。

こうした中枢组织の創出は学内における各部局、各组织の説明責任の問いかけやいわゆる評価と表裏一体の関係に立ちます。従って、そうした諸组织について大学としての自己点検、自己評価の仕組みを内部に新たに作り出し、始動させることが必要になります。中枢组织と各部局との関係は目標と評価を前提にしたいわば契約的な性格を持ち、それに応じて責任をとることになります。その結果、資源の有効管理?活用の観点からこれまでの组织(この中には事務機構も入っています)の再編成や見直しが出てくることは避けられません。勿論、総長についても法人全体の管理運営能力の観点から評価がなされ、解任の手続きをとることが学内的にできることは周知の通りです。このように各组织及びそこにおける教職員それぞれのあり方が新しく見直されることになるというのが確認されるべき第二の点です。

但し、ここで误解のないよう次の点を申し添えます。それはこうした学内での评価や説明责任はあくまでも本学の掲げる目标との関连で判断されるべきであるということです。そして东京大学に関する限り、目先の利害ばかりを视野に入れた评価や判断によって大学运営を行うということは论外であると考えます。目先の利害にばかり振り回されることは、长期的には大学を自灭に追い込むことになるというのが私の认识です。大学は人类の知的遗产の継承と新たな知の创出のための社会の公共财であり、本学は决してこの点を疎かにするものではありません。そして、本学のこうした使命を果たす為にも先に示唆したようにそれぞれの领域における教育研究の目标とその质を学内において厳しく问うことはますます必要になって来ることになります。

第三に総長のリーダーシップについて私の見解を述べておきます。これについては二つのものを区別する必要があります。第一は法人化を行う移行期の段階におけるリーダーシップであり、第二は国立大学法人がそれなりに動き出した後の段階におけるリーダーシップです。このうち前者は将来を見据えて国立大学法人の骨格を準備するためのものであり、先の第二点において述べた中枢组织の創出などといった「無から有」を作り出すようなことをする際に必要になります。そのために必要な資源の集約について、学内の意見が一致して支持しない場合にも実行に移さなければならない事態や、時間が限られていますから早急に判断を迫られる重大な案件も当然覚悟しなければなりません。この点について相当包括的な授権がなければ法人化作業に責任を持てないことははっきりしています。また、法人の将来のためには当事者の利害や意向ばかりに耳を傾けているわけにはいきません。この第一の場合のリーダーシップはいわば立法者的な機能であり、更には法人化以後の総長が行うべき事柄を法人化以前の総長が行うということに関わるものであり、今回信任を求めるのは主としてこの点に関わっています。

第二の意味での総長のリーダーシップについていえば、これは组织の柔軟性を維持するために必要不可欠のものであるというのが私の見解です。これまで東京大学はさまざまな改革を自主的に実行して来ましたが、それは大変な労力によって辛うじて可能になりました。しかし、数千人の教職員を擁しながらも僅かな人員すら柔軟に動かすことができないといった硬直した態勢は存在し続けてきました。各部分の最適状態の追求が資源の全体的配分の非合理性としばしば並存してきたという側面ははっきりと認めなければなりません。各部局から毎年提出されるさまざまなプロポーザルの中には総長として直ぐにでも応援したいものが少なからず見られますが、為すすべもなくこれを見守らざるを得ないという体験を私はしてきました。

ところで今度の法人化は終点ではなく、より大きな変化の始まりではないかというのが私の歴史的直感です。今後大学を取り巻く環境はますます激しく変化し、これまで想像できなかったような大きな変革の圧力にさらされる覚悟を固めておく必要があります。総長のリーダーシップはこうした変化を受け止めるための柔軟性を组织にもたらすクッションであり、大学の突然死を回避するための一種の保険であると考えるべきです。この観点からすれば、トップダウンかボトムアップかという議論は余り意味のあるものとは思えませんし、何時までもそうした議論に時間を費やすべきではないと思います。また、総長には責任だけを負わせ、事実上何もできないという仕組みでは、そもそも総長のなり手がないか、法人の将来は暗いものになるでしょう。

総长が一定の人的资源や财源を现実に留保するとしても、それはあくまで大学の研究教育のため、あるいはその基盘作りのために用いられるものであって、何かその他の用に供せられるものではありません。その活用に当たって学术的に见て合理的な手続きをとるならば、大学全体の研究教育を更に一层活性化するための重要な武器になり得ます。トップダウンかボトムアップかという固定的図式から自由になり、中期计画を活用して柔软性のある进取の気性に富んだ研究教育体制を构筑するために総长のリーダーシップを上手に生かすという态度こそ、これからの大学法人构成员に求められるというべきでしょう。

第四に財政に関わる問題についてやや立ち入って次の点を述べておきます。運営費交付金を含め、その実態がなお不明な中で具体的な提案を行うことは困難ですが、従来の資源配分や全学協力の仕組みだけでは大学法人全体の運営ができないことは極めてはっきりしています。法人化後において総長が資源の学内配分において従来とは比較にならないほど大きな責任を持つことに鑑み、中枢组织の創出とその維持、その他総長のリーダーシップにとって必要と思われる資源を留保するつもりであることをここで予め申し上げておきます。その一つの具体的な方策として、平成十六年度及び十七年度に予定されていた定員削減についてはこれを予定通り実行し、この削減分を総長の下に留保して全学の経営のために活用する方法を採用したいと考えます。その他の具体的な配分や新たなオーバーヘッドなどの仕組みについては運営費交付金の内示をまって具体策の提案を行いたいと思います。また、外部資金の管理をめぐる不祥事の続発に鑑み、現在の管理体制を抜本的に改めることも検討しております。

财政に関わる课题は山积していますが、先ずは自らの周囲にあるコストの削减に関心を向ける必要があります。これまでの本学の物品调达コストを何割かカットすることができるかどうかは法人の将来にとって决定的に重要です。诸般の事情を勘案すると、相当のコスト?カットなしには现在の研究教育条件を支える资源を継続的に供给することはやがて困难になり、教职员の待遇もそれによって影响を受ける可能性は十分に念头におかなければなりません。逆にいえば、コスト削减を行うことは単に财政的なプラスをもたらすのみならず、大学全体を活性化し、新しい试みに道を开くという积极的な意味を持っています。法人化の中で新たにどのような方策が可能かについて各教职员の创意工夫に溢れた提案をわれわれは必要としています。外部资金の更なる获得はこれと平行して取り组まなければならない重大な课题ですが、われわれはそうしたことに必要な人材や、全学的な协力体制を整备していく必要があります。そのためには新たな人材の登用を含め、従来の発想を超えた対応も视野に入れなければなりません。

本日は本学の歴史にとって重要な节目に当たることに鑑み、率直に语りました。私のメッセージに対して教职员の中からは「东大はわれわれに何をしてくれたのか」という声が今にも闻こえてきそうな気がします。しかし、そうした声を発する前に「自分は东大のために何をしたのか」ということを同时に考えていただきたいのです。そしてこの二つの声の対话の中から、全ての改革は始まります。その意味で前途には数年にわたる容易ならざる自己改革の道が待っています。同时に东京大学には膨大な潜在的な资源が存在します。この过渡期をはっきりした方针の下に乗り切ることができれば、本学に新たな可能性が开けてくることは断言できます。私は総长就任以来本学の人材の豊かさに改めて惊かされてきました。この豊富な人材が巧みな连携によって协力するならば、こうした诸课题は必ずや良い方向で乗り切れると确信しています。これらの点につき、改めて全学の教职员の理解と协力を求めるものです。

今回の所信表明は、评议会に対し今后の総长职の执行につき私に対する信任の存否を求めることを目的としております。これは极めて异例のことであることは十分に承知しておりますが、事柄の重大性に鑑み、このような措置をお愿いする次第です。なお、评议员が各部局の意见を徴し、その判断を固めるためには一定の日时を必要と考えますので、评议会を改めて开催していただき、正规の手続きに従い、投票によって判断を下されるよう要望します。

[学内広报 No.1268抜粋]

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