リターンズ 二十一世纪に先住民になること
本書は、James Clifford, Returns : Becoming Indigenous in the Twenty-First Century, Harvard University Press, 2013の邦訳です。著者のジェイムズ?クリフォードは、人類学の批判的歴史を中心とする文化研究が専門で、編著書『文化を書く』を始めとして、すでに本書以前に4冊の著書が日本语に訳されています。
さて、本書のサブタイトルには「先住民」という言葉が出てきますが、皆さん方はこの言葉についてどのようなイメージをもつでしょうか。日本列島で言えば、例えばアイヌの人々などが思い浮かぶかもしれません。あるいは、北米大陸の「インディアン」を連想する向きもあるでしょう。非常に大雑把に言うなら、近代の「国民国家」の形成にともなって植民地化されたり土地や文化を奪われたりした人々、ということになるでしょうか。こうした人々については、かつては往々にして、「消えゆく文化?言语」、「消滅から救済されるべき文化」という角度から、また、近代/伝統、文明/野蛮といった二分法で語られてきました。しかし、本書が描き出そうとしているのは、このような図式では捉えることのできない、「先住民」のリアルな現代史であり、新自由主義的な世界としたたかに交渉しながら、コミュニティ独自の文化や生活スタイルを回復したり、あらたに編み上げたりしてゆく彼ら/彼女らの姿です。
たとえば、第二部で取り上げられている「イシの物語」。イシ、とは、20世紀初期にカリフォルニアで1911年に「発見」され、「最後の野生インディアン」とされた男性に与えられた名前です。イシはその後、人類学者のインフォーマントとしてカリフォルニア大学人類学博物館で働いたのちに、1916年に結核で亡くなっています。人類学者の死後、その妻によってイシの伝記として書かれ、1960年代にアメリカでベストセラーの仲間入りをした『二つの世界のイシ (Ishi in Two Worlds) 』を出発点に、著者は人類学者とイシとの関係、戦後における「先住民」表象の変容、さらには、当初標本としてスミソニアン博物館に送られたイシの脳の、先住民コミュニティへの帰還まで、この「物語」の様々な帰趨を追跡してゆきます。
第叁部の「第二の生――仮面の帰还」の章も非常に印象的です。舞台はアラスカのコディアック岛。かつてロシア领となり、その后アメリカ合众国となったこの地域のある先住民族コミュニティが、彼らの古い文化的器物であり、失われていたと思われていた仮面の数々を、とあるきっかけからフランスの地方博物馆で再発见する、というのが物语の大枠です。この章ではこれらの仮面が、展覧会としてコディアック岛に帰还する経纬を轴にしながら、现地の人々の复雑なアイデンティティ意识、展覧会というパフォーマンスと文化復兴とのかかわりなどについて论じられてゆきます。
先住民文化が無時間的なものではなく、「未来になりゆく現在 (present-becoming-future) 」をそれぞれの形で孕んでいるということ―本書の副題「二十一世纪に先住民になること」にはそんな意味も込められているかもしれません。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 星埜 守之 / 2022)
本の目次
1 复数の歴史の间で
2 先住民の复数の节合
3 先住民経験の多様性
第二部
4 イシの物语
第叁部
5 ハウオファの希望
6 几つもの道を见ながら
7 第二の生――仮面の帰还
エピローグ
関连情报
中村和恵 評「先住民の世界観 その可能性」 (日本経済新聞 2021年2月13日)
太田好信 評「新たな時代への緩みなき介入――ジェイムズ?クリフォードの軌跡」 (『パブリッシャーズ?レビュー みすず书房の本棚』36号 2020年12月15日)
书籍绍介:
[好書好日] 今日のサンヤツ 本の紹介 (朝日新聞 2021年1月1日朝刊)
「プロローグにみる『リターンズ』の今日性」 (みすず书房Web 2020年12月22日)