愤死
本書はエドゥアール?グリッサン (Édouard Glissant) の小説Malemort (初版は1975年刊) の邦訳です。原著者のグリッサン (1928-2011) はカリブ海に浮かぶフランス領の島、マルティニックの出身で、ハイチを含むカリブ海フランス語圏を代表する詩人?小説家?思想家と目されています。本書以外にもすでに多くの邦訳書があり、本書を含む小説五作品をはじめとして、十冊あまりを日本语訳で読むことができますが、その中でも本書『愤死』はきわめて特異な作品です。人によってはきわめて「難解な」と言うかもしれません。
さきほどグリッサンの「小説」と書きましたが、そして実際、原著書の表紙に「roman (長編小説) 」とも表示されているのですが、本書はおそらく多くの人が「小説」としてイメージしているものとは相当かけ離れています。全体がそれぞれ年号を付された十三の章に分かれていますが、これらの年号は時系列に沿って配列されているわけではありません。最初の章が一九四〇年、最終章が一九四七年に設定されているのですが、その間には一七八八年、一九七四年といった日付が挟まれていて、物語がひとつの時間の流れによって進行してゆくのではなく、様々な時間の断片が積み重ねられているといった体裁になっています。また、各章で繰り返し登場する三人のキャラクター――ドゥラン、メデリュス、シラシエ――がいますが、彼らがどんな人物なのかがなかなかわかりません。さらに、原著書では句読点や文頭を示す大文字が使われずに文章が延々と続く箇所があり、これはもう、翻訳者泣かせというほかありません。それに加えて、日本人の読者にはあまり馴染みのないマルティニックの動植物?食べ物などの名前が出てきたり、時には現地でフランス語とともにもちいられているクレオール語が混ぜ込まれたりしています。
こんな風に書き連ねてくると、本の紹介文なのにいきなり未来の読者を尻込みさせてしまうかもしれませんね。そもそも奴隷制の歴史を刻印されたマルティニック社会の特殊な成り立ちが背景にある以上、本書を読むにはそれなりの予備知識が必要なのではないか…そんな心配にも一理あるとは思います。けれども、色々な「難解さ」を恐れずにまずは本書の世界に踏み込んでみませんか。そうすれば、必ずや未知なる風景の圧倒的な存在感や不思議な躍動感に触れることができるはずです。かつてグリッサンは、すべてを既知の体系に回収して透明化することの暴力性に対置するかたちで、世界の「不透明さ (opacité) 」の大切さを語っていました。日本语訳なので、原著書の不透明さをそのままの形で保持しているとは言えないかもしれませんが、本書もまた、グリッサンのそんな世界観を身近に体験させてくれると思います。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 星埜 守之 / 2022)
本の目次
ドゥランは运び屋
日付
トンチン(一九四〇)
小銭(一九四一)
塩田(/一九叁六/―一九四叁)
邦(一七八八)(一九叁九)
投票箱(一九四五-一九四六)
七分半(一九四五)
倒れて起き上がる(一七八八-一九七四)
现ナマ(一九叁九/一九五八)
沉黙疗法(一九四〇-一九四八)
手形(一九六二―一九七叁)
邦(一九七四)
黒い土地(一九四四、一九六〇、一九七叁)
山刀(一九四七)
言叶
语汇集
関连情报
中村隆之 評「もはや事件である――「幾多の過ち」のなかに邁進したマルティニック社会に対する痛烈な批判」 (『図書新聞』3476号 2020月12月19日)
书籍绍介:
MALEMORT D'EDOUARD GLISSANT TRADUIT EN JAPONAIS (MONTRAY KREYOL 2020年9月14日)
[好書好日] 今日のサンヤツ 本の紹介 (朝日新聞 2020年8月26日朝刊)
イベント情报:
NEW シンポジウム「複数の世界文学に向けて:フランス語圏文学の遺産と未来」 (早稲田大学早稲田キャンパス 2022年11月26日)