冯梦龙と明末俗文学
もともと中国の文化に兴味があり、大学に入学すると迷いなく中国语のクラスに进んだ。大学一年の后期、当时东大教养学部の中国语を担当されていた伊藤敬一先生が开设されていた明代の短篇白话小説「売油郎独占花魁」を読む全学ゼミに参加した。この时読んだ「売油郎独占花魁」という作品に魅せられ、中国の文学、なかでもこの作品が生まれた明末の时代、そしてこの作品が収められた「叁言」(『古今小説』=『喩世明言』、『警世通言』、『醒世恒言』)の编者である冯梦龙という人に深い関心を持った。その后、文学部の中国文学科に进み、学部の卒业论文、修士论文、そして博士论文(本栏でも绍介した『冯梦龙『山歌』の研究』)に至るまで、ずっとこの人とその作品を読んできた。
中国文学史における明末、そして冯梦龙を研究する意义といったことは、别に『冯梦龙『山歌』の研究』のところで述べたので、そちらをご覧いただきたいが、明末の苏州に生きた冯梦龙という人が、わたしの明末研究、中国文学研究の「基地」となったのである。
1993年に上海古籍出版社から刊行された影印版の『冯梦龙全集』は、全42册の大部なものであり、その着作は中国の伝统的な図书分类法である経、史、子、集の四部全体をおおっている。この人自身がおもしろく、この人の着作がおもしろく、またこの人の活动を通して见る明末という时代がおもしろく、冯梦龙に出会ってから、あっという间に四十年以上の年月が経ってしまったのであった。
馮夢龍は多くの本を出版している。その活動を理解するために明末の書籍出版全体の研究が必要になり、『明末江南の出版文化』の著書となる出版文化の研究がはじまった。研究は、1991年に広島大学文学部紀要の特輯号として単行され、後に研文出版から刊行された。また「売油郎独占花魁」をはじめとして、馮夢龍作品には妓女が数多く登場する。これを見るために明末の妓楼文化全体の研究である『中国遊里空間 明末秦淮妓女の世界』(青土社 2002)、『蘇州花街散歩 山塘街の物語』(汲古书院 2017)が生まれた。妓女研究の付録として、明末清初の文人冒襄と、冒襄が、もと妓女であり、後にその側室となった董小宛の思い出をつづった『影梅庵憶語』の研究も生まれた(汲古书院 2010)。これらすべて、馮夢龍から出発し、馮夢龍をその時代の中に位置づけるための研究であった。馮夢龍という研究対象にめぐりあい、さまざまな方向の研究ができたことは幸運であった。
ここに紹介する本書は、これまで筆者が書いてきた冯梦龙と明末俗文学に関する論考を集めた論集である。第一部は馮夢龍その人について。第二部はその作品について。第三部は、馮夢龍をとりまく文化的な環境についての論である。馮夢龍については、まだまだ論じていないテーマは山ほどあり、生ある限りつきあってゆくつもりであるが、まずは研究の一里塚として、いまの段階でまとめてみたのが本書である。
(紹介文執筆者: 东洋文化研究所 教授 大木 康 / 2018)
本の目次
第一章 冯梦龙传略
第一? 萬曆年閒
第二? 泰昌?天啓年閒
第三? 崇?年閒以後
第二章 冯梦龙人物评考
第一? 馮夢龍を詠じた三首の詩
第二? 畸人
第三? 多聞?博物
第四? 情癡
第五? 政簡刑淸
第六? 文苑之滑稽
第叁章 前近代における冯梦龙の读?とその评价
第一? 「三言」
第二? 「智囊」と「古今譚槪」
第三? 史部書
第四? 經部書
第五? その他
第二部 冯梦龙作品考
第一章 「叁言」の编纂意图――特に劝善惩恶の意义をめぐって――
第一? 馮夢龍の位置
第二? 馮夢龍による書きかえ
第三? 「三言」の倫理性
第四? 勸善懲惡の意義
第五? 「三言」序の問題
第二章 「叁言」の编纂意图(续)――「眞情」より见た一侧面――
第一? 問題の絲口――「精華」と「糟粕」――
第二? 假說の檢證(イ)戀愛に關する話
(a)幽靈?妖怪(b)私奔(c)貞?(ロ)友に關する話
第叁章 『古今小说』卷一「蒋兴哥重会珍珠衫」について
第一? 因果應報のコード
第二? 人閒心理への興味
第三? 原據からの?點
第四? 商人小說として
第五? もう一つの深?
第四章 冯梦龙「叁言」から上田秋成『雨月物语』へ――语り物と读み物をめぐって――
第一? 中國白話小說の形式的特徴
第二? 語りの內在的特徴
第三? 怪談か愛情か
第五章 冯梦龙「叁言」の中の「世界」
第一? 蒙古?女眞(滿洲)?雲貴?西域等
第二? 日本
第三? インド
第四? 東南アジア?西アジア
第六章 冯梦龙「敍山歌」考――诗经学と民閒歌谣――
第一? 馮夢龍の「敍山歌」
第二? 朱子以前の詩經觀
第三? 朱子の詩經觀
第四? 元人の詩經觀
第五? 明初の詩經觀
第六? 弘正?嘉萬における詩經觀
第七? 民閒歌謠採集の先驅
第七章 俗曲集『掛枝儿』について
第一?「掛枝兒」の槪要
第二? 馮夢龍『掛枝兒』の版本
第三? 馮夢龍の『掛枝兒』について
(1)『掛枝兒』の構成(2)『掛枝兒』の性格
第八章 冯梦龙の批评形式
第一? 馮夢龍の?作の評點形式
第二? 馮夢龍の評點の傾向
(1)評點を施した書物と施さない書物(2)題上の圈點(3)標抹について
第三? 時期による變化
第九章 冯梦龙と音乐
第一? 馮夢龍の『山歌』編纂
第二? 馮夢龍の『掛枝兒』編纂
第三? 馮夢龍と散曲/
第四? 馮夢龍と戲曲
第十章 冯梦龙と妓女
第一? 馮夢龍の白話小說中の妓女
第二? 馮夢龍の散文中の妓女
第三? 馮夢龍の詞曲の妓女
第叁部 冯梦龙と俗文学をめぐる环境
第一章 明末における白话小说の作?と读?――磯部彰氏の所说に寄せて――
第一? 磯部氏の所論とその問題點
第二? 「三言」の編?馮夢龍その人
第三? 白話小說の讀?について
第四? 白話小說の作?について
第五? 生員について
第二章 通俗文艺と知识人――中国文学の表と里――
第一? 小說をめぐって
第二? 知識人と通俗文學/結びにかえて――中國文學における表と裏――
第叁章 明末士大夫による「民众の发见」と「白话」
第一? 白話とは何か
第二? なぜ「白話」か? 上から下へ
第三? なぜ「白話」か? 下から上へ
第四章 艺能史から见た中国都市と农村の交流――ひとつの试论――
第一? 『盛世滋生圖』に見える藝能
第二? 蘇州の藝能
(1)山歌?俗曲(2)語り物藝能(3)祭りの藝能(4)演劇
第三? 藝能の歷史的展開
第四? 藝能における中央と地方
第五章 庶民文化?民众文化
はじめに――「庶民」か「民衆」か――
第一? 「庶民文化」へのまなざし
第二? 「白話=庶民」の檢討――方言への關心――
第三? 「庶民」の細分
第六章 中国小说史の一构想――陈平原氏の『中国小说敍事模式的转变』に寄せて――
第一? 張恨水の『啼笑因緣』から
第二? 巴金?趙樹理
第三? 小說史の?會構造
附录 书评绍介二篇
Antoinet Schimmelpenninck
Chinese Folk Songs and Folk Singers――Shan'ge Tradition in Southern Jiangsu
David Johnson,AndrewJ.Nathan,Evelyn S.Rawski 編
Popular Culture in Late Imperial China
あとがき 索引(人名?书名作品名) 英文目次 中文目次
関连情报
夢は世界史の教科書に馮夢龍の名が載ることー 東大随一の蔵書家?大木康教授インタビュー (東大新聞オンライン 2024年1月17日)
书籍绍介:
著者からの紹介 大木康 著 『馮夢龍と明末俗文學』汲古书院 (东洋文化研究所ホームページ)