第1167回

Decades of Work
基礎研究の成果を臨床応用するトランスレーショナル?リサーチ(TR、橋渡し研究とも呼ばれる)は2000年代半ばくらいから提唱され始めているが、アカデミア発の開発候補(シーズ)がその中心的役割を果たしている。私が米国Food and Drug Administration (FDA)での審査経験を得て医科学研究所に戻ったのは2000年である。この頃はアカデミアが臨床試験まで開発を進めることは稀であった。帰国に際し、FDAの同僚からは「なぜ製薬企業に行かないのか、給料が数倍は違うぞ」と言われ、中には紹介してやると言う者までいた。私のメンターは、アカデミア開発にも精通していたが「大学での臨床開発支援は“Decades of Work”である。研究者は容易に諦めず、また、開発に時間を要することが多い。長期間従事することに意義がある」との言葉をいただいた。
帰国して数年後に橋渡し研究拠点形成プログラムなどのTR関連事業が始まり、东京大学が橋渡し研究支援拠点に採択されるころから私のTR支援?推進業務が多忙となってきた。この間、実に多様なシーズに関わり、“a decade”を超えるシーズがいくつか出てきている。“a decade”級の研究者に共通するのは開発に対する執念であり、「容易に諦めない」姿勢である。
私の任期中には“two decades”のシーズも出てくる。まさに“Decades of Work”となる。一方、研究費は細分化され、企業的な管理手法であるステージゲート運用の厳格化により長期間の持続した研究が難しくなっている傾向にある。また、起業による開発が奨励されるようになり、法規?ガイドラインの変更は頻繁であり、研究者の執念の結実の方法は年々大きく変化している。上記のメンターは、「この分野は、“Change is the only constant”」とも言っていた。「長期間にわたる覚悟」と「変化への順応」と合わせてTR推進の1つの解となり、研究者と共有すべき覚悟なのかと考え始めている。
长村文孝
(医科学研究所)