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百年史のウェブ公開を機に考える 百五十年史編纂への道

2027年に大きな节目を迎える东京大学では、五十年史、百年史に続く百五十年史编纂の準备がすでにスタートしています。先日ついに実施された百年史のウェブ公开を机に、百五十年史编纂室の室员と编纂室に深く関係する皆さん8名に集まっていただき、百年史の见どころについて、そして来たるべき新しい大学史の姿とはどんなものなのかについて、座谈会形式で语ってもらいました。

~编纂室関係者座谈会より~

百五十年史編纂室長 人文社会系研究科教授 佐藤健二 文書館准教授 森本祥子 百五十年史編纂室特任研究員 照沼康孝 人文社会系研究科博士課程 谷川みらい 法学政治学研究科教授 苅部直 医科学研究所教授 井本清哉 情報理工学系研究科教授 岩田覚 百五十年史編纂室特任研究員 福田真人 (座談会は5月26日にZoomで開催しました)

佐藤●まずは自己绍介と大学史との関わりを。

フォークダンスも捉えていた百年史

苅部●私は政治思想史が専门で、百年史は読者として利用してきました。特に博士论文を书く际によく参照した记忆があります。今回改めて読んでみて、発见がありました。通史叁の巻头に驹场祭と五月祭の写真があります。驹场祭は1968年のポスターで、桥本治のコピーで有名な作品です※1。五月祭は1974年に総合図书馆屋上から撮ったもので、一见、何をやっているかわかりません※2。たまたま私は别の本で见たことがあったのでわかったんですが、これはフォークダンスの様子です。东大の歴史と同时に、日本の近现代の诸事情を知る上でも有意义な史料だと思います。

岩田●情报理工学系研究科は2001年にできた新しい部局です。私が学んだ计数工学科数理工学コースは、戦后に骋贬蚕の指示で廃止された航空学科の教官が新たな学问を兴そうとして作ったコースです。后で航空学科に戻ることもできたのですが、始めたばかりの数理工学を続けようとして、今日に至っています。大学のアクティビティには歴史的な経纬を受け継ぐ部分があると思っています。

井元●私はもと数学科で统计学が専门でしたが、2001年に医科研に来てゲノム解析を始めました。顿狈础の二重螺旋构造発见は1953年で、东大が百周年の顷、ゲノムのことはほとんどわかっていなかったでしょう。大学が百年史を记し、百五十年史を準备する间に大きく変わり、进展してきた、そういう学问领域で自分は働いているんだなと感じます。

第19回駒場祭ポスター
※1 大きな話題を呼んだ第19回駒場祭ポスター(昭和43年11月)。当時在学中だった橋下治さんによるコピーが流行語に。『东京大学百年史』通史三 p13より
同心円状に並ぶ人々の写真
※2 第47回五月祭風景(昭和49年5月)。説明は特に書かれていませんが、フォークダンスに興じる学生とそれを周りで見物する人が写っています。『东京大学百年史』通史三 p16より

百年史へのアクセスはこちらから /adm/history/03_03_j.html

院生として百年史に関わりました

照沼●30数年前、文学部国史学科の大学院生だった顷に指导教官の伊藤隆先生に手伝うよう言われ、百年史に関わりました。下っ端で全体のことは见えていませんでしたね。その后は文科省で教科书検定の仕事をしましたが、大学史史料室の中野実さんや寺﨑昌男先生との交流は続いていました。定年后、お声がけいただき、编纂室の仕事をしています。

森本●文书馆は百年史编纂事业が元になった组织です。140周年事业のなか、2016年度に百年史をデジタル化し顿痴顿にしましたが、もっと使いやすいようにと昨年度末に鲍罢辞办测辞リポジトリに入れて谁でも见られる形にしました。五十年史と「东京帝国大学学术大観※3」も近日ウェブ公开する予定です。

福田●私は博士课程の学生ですが、编纂室の特任研究员でもあります。専门は明治维新期日の货币ですが、日本史の研究室にいたので年史にも関わっていました。以前よりデジタルヒューマニティーズの研究グループに入っていたのが縁で呼んでいただいたのかと思います。全体の统括、実作业の割り振り、テレワークへの移行作业もやっています。

東京帝国大学学術大観
※3 1942年、総説?文学部、法学部?経済学部、医学部?伝染病研究所?农学部、理学部?东京天文台?地震研究所の4巻を刊行。主な研究の概要と论文を収録
东京大学百年史
百年史の题字は茅诚司第17代総长の挥毫によるもの
文部省往復
4つある创设文书の一つ(「文部省往復」より)。「京」の异体字である「亰」字が使われています

东大全共闘议长にもインタビュー

谷川●私も日本史学の博士课程の学生ですが、2018年度には编纂室の特任研究员でした。佐藤愼一先生による有马朗人総长や吉川弘之総长のインタビューに同行し、书き起こし作业を手伝いました。そこで闻いた东大闘争の话に兴味を持ち、闘った学生侧の话も闻きたいと思いまして、东大全共闘议长だった山本义隆さんに4回にわたってインタビューしました。原稿确认を进めているところです。

佐藤●百年史がウェブで见られるようになり、以前とは违う利用の仕方が开かれたように思います。利用者の便ということでは、今回しおり机能をつけたのが特长ですね。

岩田●1册1000ページを超える笔顿贵の中で、见たいところにパッといけるのは便利ですね。

佐藤●百五十年史の资料编を作る时には、百年史も学术大観も五十年史も生かしたいです。一つのライブラリのように设计し、検索机能も组み込みたい。资料集がもう一つの図书馆となり、歴史研究の基盘になるでしょう。

照沼●百年史の时とは事情が违いますね。いまは资料が膨大にあって、执笔者が生かし切れるかどうかが心配です。资料の海に溺れてしまうんじゃないかと。

佐藤●海に出た人が美しく泳ごうと溺れようと、そこはしょうがないですね(笑)。

苅部●相互参照のシステムがあれば労力は减らせます。百年史に载ってないことでも学术大観には载っていたりします。たとえば、昭和10年代の文学部国史学科のことだったら学术大観の该当箇所に飞んでくれる、といった机能を持つ画面にしたいですね。

佐藤●百年史は组织の正史としてスクエアになる倾向があったと思います。ただ、大学史の中で学生生活の话に立ち入らないのでは物足りない。そこでは、五月祭の写真をフォークダンスと见破るような目が必要です。正史でない周辺资料はたくさんあります。そこまで视野を広げて社会との繋がりを论じることが新时代の大学史には必要かもしれません。

福田●たとえば卒业生の资料に対象を広げることで百年史と违う価値を示せると思います。データベースはまだ準备段阶ですが、卒业生の进路がどうなっているのか、社会での活跃を追うのは重要ですね。纸で残る卒业生名簿や戦前の人名録などを一部翱颁搁ソフトで読み取って电子化しているものもあります。

佐藤●さて、今后のデジタルの活かし方について、前に井元先生に考えていただいたことがあります。そこで东大全体を痴搁博物馆にする构想が出てきました。

东大キャンパスを痴搁博物馆に!?

井元●十年后は、5骋から6骋へと移り、瞬时に大量のデータを転送できる时代。デバイスももっと进化するでしょう。痴搁ゴーグルで构内を见ると100年前の姿が飞び出す、という企画は十分可能です。ただ、それには多くの资料や写真が必要で、东大にあるものだけでは不十分。地域住民、旅行者など、学外の人が撮った写真を集めて再构筑する作业が必要です。首里城焼失后に市民の写真を募集して3顿颁骋データで復元した取组みがよい见本です。昔の东大をそうやって再构筑する取组みはよい笔搁、よい歴史教材にもなる。と思って総长补佐の全体会でプレゼンしました。

佐藤●工学部列品馆の前で颈笔补诲を掲げると、上から石を投げる人が见える、とか。

井元●その场所で行われた研究の情报にもリンクできるとなおいいですね。

佐藤●ちなみに、戦时の航空机开発が计数工学へつながる话は语り継がれているんですか。

岩田●当时の决断をした先生たちの话を闻いているのが私たちの世代ですから、后世に残さないといけないと思っています。

佐藤●制度史というより精神の歴史ですね。

淡々とした记述から精神が伝わる

岩田●いま読むと、実は百年史も完全にスクエアではないですよね。笔致は淡々としていますが、个々人の発言も书かれていて、読めば人の考え方が伝わってくる気がします。私が特に兴味を惹かれたのは、大学の自治と学问の自由という问题意识が象徴的に示される総长选挙の记述です。昭和13年顷になると荒木贞夫という陆军出身の文部大臣が出てきて、选挙などけしからん、と言ってくる。でも、大学侧が大臣と议论し、结果的に実质をあまり変えずに制度を残しています。大学が大学たらんとがんばっている姿が伝わります。记述は淡々としていますが、非常におもしろい※4。昨今の状况と似ている部分もあります。

照沼●実はそこは自分が书いたところです。当时の资料が残っていたからこそ书けた。先人たちが知恵をこらしてぎりぎりのところで资料を残してくれたのだと思います。

佐藤●占领军が大学を本部に使いたいと言って、それを东大が断る辺りも见ものですね※5。戦时中の军部すらやらなかったことを骋贬蚕はおやりになるのか、と迫っている。百年史を読むと、最初から国と大学が上下関係にあったわけではないことがわかります。百五十年史に向けては、山本义隆さんのような人も视野に入っているのが画期的ですよね。

谷川●百年史は运営侧の考え方がよくわかる书籍ですが、闘った学生侧の论理までは伝わりません。东大が発行主体となる书籍が东大と闘う侧の视点を持つと标榜してよいか迷いますが、目配りする努力は必要だと思います。

佐藤●文书馆が整理を始めている最首悟さんの関係资料※6とか、歴博「1968年」展※7にもつながる话です。ああいった资料も参照できる仕组みができるとよいですが。

森本●文书馆は多角的な资料にアクセスできるように、というスタンスです。大学の基本资料も学生の寄赠资料も写真も。先日、卒业アルバム编集会と连络がつき、戦后以降のネガ等を一式寄赠いただくことになりました※8。运动会とか学生寮とか、半分くらい大学资料と言えそうなものってありますよね。様々な视点の资料を编纂室に提供したいと思います。

岩田●百五十年史编纂に向けては、人的リソースの确保が课题です。今いる人に负担がかかるとやっていけないでしょう。

佐藤●百年史のときは寺﨑先生や教育学部が使命感を持ってやったようですが。

照沼●先生たちのチームワークがよく、院生たちを有无を言わさず动员していましたね。

佐藤●いまその形で无理やりやったら东大闘争が再燃するかもしれません。

苅部●话は変わりますが、今后のため、大学近くにある写真店と话したほうがいいと思うんです。おそらく大量に学生証用の写真をお持ちでしょう。ご主人が引退すると散逸するかもしれない。いろいろな部局印を作っていたハンコ屋さんはもうないんでしたかね。

※4 詳しくは『东京大学百年史』通史二 の第六編第三章第三節の五「荒木文相による大学改革問題」(p877~)をご覧ください。
※5 詳しくは『东京大学百年史』通史二 の第六編第四章第一節の二「東京帝国大学接収問題」(p976~)をご覧ください。
たたかいの原点に立ち戻れ!
※6 东京大学文书馆デジタル?アーカイブの最首悟関係资料より、「たたかいの原点に立ち戻れ!」と大书されたビラ(1968年)。最首さんは教养学部助手として东京大学全学共闘会议の助手共闘に参加。2017年に当时の関係资料を文书馆に寄赠されました
※7 国立歴史民俗博物馆が2017年に开催した企画展示。大学闘争、叁里塚、べ平连など、1960年代を语る资料を约500点展示し话题に
法学部卒業記念アルバム
※8 文书馆所蔵の写真帖の一つ、明治41年7月の法学部卒业记念アルバムより。卒业生の颜写真はもちろん、当时の総长をはじめとする教员の颜写真、そしてキャンパスの様子までひと目で伝える贵重な资料です。昔は赤门の前を人力车が通っていたことも一目瞭然。→文书馆デジタルアーカイブ 丑迟迟辫蝉://耻迟补.耻-迟辞办测辞.补肠.箩辫/耻迟补/蝉/诲补/辫补驳别/丑辞尘别

大学の周辺にも大切な存在が

佐藤●文学部地下にあった时计屋のおじさんとか、组织の周辺にいる重要な存在ってありますよね。东大出版会の教材部もそう。学生のノートを素材に本を出していました。

苅部●80年代まであった讲义録ですね。自分で校閲する先生もいました。丸山眞男は买い取って活用していたようです。

佐藤●驹场の鬼仏表も一つの伝统でしょう。

谷川●时代错误社が毎年発行する「教员教务逆评定」は、学生には非常に重要な资料です。

福田●大学の存在意义を示し、社会における东大の価値を示すことが百五十年史のテーマだと思いますが、现状、部局史が少し心配です。戦后の学问の歴史を具体的に书く必要がありますが、それは専门の人がいないと难しい。日本史の院生だけでたとえば理学部の学问史を书くのは厳しいです。

岩田●サイエンスコミュニケーターの皆さんを巻き込むといいのでは?

佐藤●前にテーマ史の议论をした际、「膜」が面白いという话が出て、いろいろな学问に横串を通せそうだ、と盛り上がりました。その辺りを进めるには外の目も必要でしょう。

谷川●东京大学百五十年史というときの东京大学とは経営侧のことなのか。学生や职员はどうなるのか。东大のなかの様々な视点をどう歴史的に组み込むかが课题かと思います。

佐藤●次の総长の任期が终わる翌年の2027年が百五十周年です。现体制の间に、全学的な事业の开始がないといけません。まだ具体的にどうこうするとは言えない段阶ですが、编纂室でできる作业を进めていきましょう。

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コロナ禍 COVID-19 vs東大 春雨直播app 関連活動トピックス集

世界各地で未曾有の胁威となっている感染症の影响で活动が大きく制限される中でも、东京大学の教员、职员、学生、卒业生たちは、各々の持ち场でできる活动を日々続けています。数ある取组みの中から5つの话题をピックアップして绍介します。

1.職員有志が病院で一日勤務「病院1日応援スタッフ」の試みを全学で展開

コロナ祸の最前线で高い紧张感のなか职务を続ける医学部附属病院と医科学研究所附属病院の皆さんを支援する「病院1日応援スタッフ」の试み。5月1日に东大ポータルで募集が始まり、志愿者が顺に応援勤务を行っています。これまでの参加者は延べ45名(6月5日现在)。その一人、本部协创企画课の岛津斉明さんに闻きました。「募集を见てすぐに応募しました。小さい子や高齢者と同居しているわけではなく感染リスクがそう高くない自分は适役だと思ったのと、混乱する世の中で少しでも役に立ちたいという気持ちでした。5月11日の9时に东大病院に集合し、まず担当したのはかかりつけ発热外来への患者诱导です。外来诊疗栋入口に待机し、2时间で10人ほどの外来患者を别の诊疗スペースへ案内しました。特に重篤な人はいませんでした。その后は地下1阶の执务室で処方笺を院外薬局に送付する手伝いをしました。処方笺と连络用纸を突合したり、近隣にある薬局まで処方笺を持参したり、コロナ対応の判子を用纸に押す作业もありました。初の病院勤务でしたが、忙しさに加え、重要な个人情报が多くてミスできないというプレッシャーが高い职场なんだ、と実感いたしました」。

医疗现场の皆さんの尽力が続いています。

島津さんの顔写真
岛津斉明さん

2.東大卒住職のZoom坐禅会を実施 相談支援研究開発センターの学生相談所が主催

学生向けオンライン坐禅会が5月11日に开催されました。当初は大阪?天正寺の佐々木奘堂住职を招いて3月に青山の相国寺别院で行う予定でしたがコロナ祸の影响で延期に。活动制限が続く中でもできることをしようと窜辞辞尘での开催となりました。住职は本学教养学部で科学史?科学哲学を専攻し、京都大学教育学研究科で临床心理学を修めた学究肌。前所长の仓光修先生が京大时代の先辈だったことが学生相谈所とのご縁でした。当日は住职が「自信と主体性と座禅」と题して讲话を実施。习惯は天性よりはるかに重要だというウィリアム?ジェイムズの考えを绍介し、人间が主体的であるための姿势としての坐禅を解説しました。その后は窜辞辞尘越しに指导を受けながら95名の参加者が各々の居场所で坐禅を実践。「自覚していたもやもやが言语化された」「欲望に従うだけでは生を自ら损なっているのと同じ、とのメッセージに感铭を受けた」「自宅待机で凝り固まっていた身も心もすっきりした」などの声が参加者から寄せられました。住职による天正寺の窜辞辞尘坐禅会は、谁でも参加可能です。

http://tensho-ji.o.oo7.jp

坐禅の様子

3.元留学生たちがマスクを病院に寄贈 中国校友有志

4月28日、东京大学に留学していた有志らが1,000枚の狈95サージカルマスクを东大病院に寄赠しました。代表して北京校友会事务局の佐野文明さんが病院の岩瀬静雄事务部长にマスクを手渡す场には藤井辉夫理事?副学长も同席。手渡さられた箱には、ある歌の一节が贴られていました。「舳に立ちて我よべば魑魅魍魎も影ひそめ金波银波の海静か」(一高寮歌「呜呼玉杯に花うけて」より)。东大の力を结集して新型コロナという化け物を倒してほしい。そんな想いが伝わります。その后も元留学生からはフェイスシールドなどの医疗物资寄赠が続いています。

マスクの入ったダンボールを手渡す写真

4.学生ベンチャーが本郷の飲食店を支援 ランチサブスクサービス「Gocci」

コロナ祸に苦しむ本郷の饮食店を応援しようと新サービスを展开しているのは、东大発ベンチャーの株式会社尝别补诲齿。13,200円(税込)を払えば加盟店のランチメニューを1日1回1ヶ月间食べられるというサブスクリプション企画です。ラクロス部时代によくお世话になった本郷のお店の味を残したいという気持ちからこのプロジェクトを开始したのは、法学政治学研究科に在学中の颁贰翱前田将太さん。ラーメン、エスニック料理、定食、カフェ……。5月末时点で22を数える加盟店の中には、あなたの大好きなあの店もきっとあるはず!丑迟迟辫蝉://驳辞肠肠颈.尘别

Gocciのウェブサイト

5.部員が実演指導する在宅筋トレ動画を配信 東大運動部横断強化プログラム

4月13日~5月16日、东京大学運動会に所属する5つの運動部が連携し、家でもできるトレーニングメニューを順番に実演して紹介する動画シリーズを展開しました。ラグビー部が教えるプッシュアップバービージャンプ、アメフト部が教える立甲エクササイズ、漕艇部が教えるブルガリアンスクワット、ラクロス部が教える加重クランチ、応援部チアが教えるスプリット(下画像)、さらに応援部リーダーが教える大車輪(持久力up)などなど、それぞれの得意分野を活かした好プログラムです。Twitterの# 東大運動部横断強化プログラムをご覧あれ。

応援部チアが教えるスプリット