家をつくる
本書は中国の建築家王澍の著書『造房子』の日本语翻訳である。王澍は中国人としてはじめて、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した。彼の建築は、肌触りを通じて歴史を想起させるといわれるスタイルで、まぎれもなく中国的でありながら、中国の文脈に密着することで、むしろ普遍的な方向性を指し示している。おそらくそのため、世界の建築界で名を知られている。本書は、王澍が様々な場で書いたエッセイのほか、対談などを含み、現在にいたるまでの経歴、彼の建築の中心にある思考など、いわば王澍の建築思想の全貌が見えるものになっている。
王澍の建筑思想の根底にあるのは、彼自身の言によれば、中国の伝统的文人の世界である。彼は中国の伝统的文人の精神世界を手に入れ、山水画にあるような世界、あるいは伝统的庭园のような空间を生み出す建筑を目标にしている。その目标は、一言でいうならば、人间中心の世界観に代えて、人と自然が融合した空间をつくることであった。そのため、たとえば大学のキャンパスを造成する际にもとからあった山を意図的に残したり、建筑の材料としてあえて廃品を再利用したり、伝统的な职人の技を导入して手作りによる造成を试みたり、利用する人间が身体性を意识できるように必ずしも便利でない配置をしたりする。本书には代表的建筑の写真も収められており、建筑思想がどのように具现化されているかを见ることができる。
本书の兴味深い点は、そのような思想を语るだけでなく、自分自身の経歴を语っていることである。幼い顷の祖父との関係、子供の顷の文化大革命の体験なども兴味をそそるエピソードだが、なによりも注目に値するのは、1980年代に大学に入ったあとの経験である。彼は80年代の大学で反逆の精神を手に入れたという。それはちょうど文化大革命が终わり、中国において知的価値観が大変动をとげている时期であった。そして卒业后は、中国が経済発展をはじめ建筑の大型プロジェクトが立ち上げられるなか、反逆の精神を発挥して建筑の主流に背を向け、自然と融合するような生活に近づいたという。彼の経歴は、80年代以来中国が振幅の大きな変化をとげてきたプロセスを、独特の形で示している。
そのような経歴があるからこそ、王澍は中国の文脉に即しながら、普遍的な想像力を発挥しえたのだと思われる。中国の伝统的文人の世界を称扬する彼の言説は、表面的に见ると、国际的な経済力を背景にして文化的にも中国伝统思想の优位性を主张する现在の中国政府の方向性と一致しているように见える。しかし本书をよく読めば、それとはまったく异なることが分かるだろう。彼が行っているのは、主流の思考に反逆して、足元の歴史と手触りを彻底的に深めることで、これまで常识とされてきた思考と异なる発想を生み出すこと、普遍的に人々の思考を触発する新しい発想を提起することである。本书を通じて、中国発の新しい想像力に触れてもらえたら何よりである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 鈴木 将久 / 2022)
本の目次
意识
园林をつくること、人を育てること
自然形态の叙事と几何学
虚构の都市に向かって
「空间」が立ち现れるとき
営造についての琐记
循环的建造の诗学――自然のような世界の构筑に向けて
対岸の山を访ねて――豊かな差异性を集合する建筑の类型学
断面からの视野――上海万博滕头案例馆について
かつて贬められた世界が再び立ち现れるために
树石の世界へ
言语
中国美术学院象山キャンパス
寧波美术馆――その场所に立つことで见えるもの
中山路――一本の街道の復兴と一つの都市の復兴
対话
反逆の道程
别の世界の縁に触れる
精神の山水
自然に还る道
问答録 人ひとりにはどれくらいの大きさの家が必要か?
あの日
訳者解題 (市川紘司)
作品谱
関连情报
林憲吾 評「揮毫の建築家」 (建築討論 2021年10月6日)
阿古智子 評「自然に学び 対话を重ねた創造」 (朝日新聞 2021年9月4日)
书籍绍介:
[Penが選んだ、今月の読むべき1冊]「中国を代表する建築家が綴る、自らの設計と建築への思い『家をつくる』」 (Pen online 2021年9月13日)
[動画]「王澍とプリツカー賞──邦訳書『家をつくる』刊行間近! 訳者による建築作品(ほぼ)オールレビュー」 (シラス [建築系勝手メディアver.3.0] 2021年5月26日)
特集记事:
「建築家、再考──王澍の反全球的中国建築」 (10+1 website 2012年8月)