第1151回

人间中心から自然中心への视座転回 ~见えないものの価値~
多様性や个性を平準化し、大量生产したモノや最适な解に个性を合わせることでは、多様な人々の幸せは得られない。科学技术はこれまでデカルト的な自然観のもと、人と自然を切り离すことで多くの恵みを人类に与えてきた。一方で、自然への负荷が増し、异常気象、资源の枯渇、エネルギー问题などさまざまな课题を地球规模で生じさせている。私たちは「见える世界」を対象に価値を见出し発展を遂げた。「“环境”はすべての生物を取り囲む客観的なものではなく、生物自身を中心に意味を与えるもの」とユクスキュルは『生物から见た世界』で言う。物理化学的には同じ世界でも、生物が介在することで世界は多様化し、「见えない世界」の価値に気づくことの重要性を指摘する。
今、これまでの人间を中心とした视座から自然を中心とする视座への転回が求められている。自己から他者へ、そして自然や大宇宙へと転回することで、见えなかったものの価値にはじめて気づく。「见えない世界」に価値を见出し、理性だけでなく感性やこころの働きも総动员することで、人も自然の一部であり、大宇宙のネットワークがつくる関係性のなかで生かされていることに気づく。
水や石にも神や仏が宿り、すべてのものには価値があり、无駄なものはない。「もったいない」のこころもそこから生まれ、多様性や自然との调和、共存するこころ、感动や共感、そして利他のこころへとつながる。
先端研は、科学者、芸术家、デザイナー、哲学者、宗教家など多様な人々が集まり、対话を通して、あらゆるものに価値を见出し、こころでつながる未来のかたちを考え実践していく「场」として、高野山金刚峯寺や东京フィルハーモニー交响楽団、和歌山県などの支援を得て、1200年続けていく「高野山会议」を始めた。メタバースをはじめとするデジタル世界がさらに进展していくなか、伦理性や人间性ある世界で、一人ひとりがこころでつながる多様な幸せが持続する现実社会に贡献できればと愿っている。
神﨑亮平
(先端科学技术研究センター)
