座談会?东大140年、回顾と展望 |広報誌「淡青」36号より

东大140年、回顾と展望
消えた「大学」、大学と身分闘争、ディシプリンと组织、空间としての东大、掛け算の歴史&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;

2027年に150周年を迎える东京大学では、すでに150年史编纂の构想が动き始めています。このほど、本学の歴史に详しい佐藤先生の呼びかけで、大学の歴史に一家言持つ5人の论客が文学部図书室に集结。过去の140年をどう捉えるか、150年史のあるべき形、一つの节目を越えた东大の将来像という3つのお题を念头に置きながら、しばし座谈に兴じました。
- 佐藤●加藤先生は昨年10月の140周年记念讲演会に登坛され、「东大の歴史 日本の歴史」という、たいへん兴味深い题名で讲演されました。
- 加藤●东大のルーツをたどると「大学本校」「大学南校」「大学东校」※1が出てきますが、「本校」は途中で消えています。昌平学校を継承し国学と汉学を担っていた组织が1877年の东大创设时に消え、洋学中心の南校?开成学校を継いだ法?理?文3学部の和汉文学科に缩减されてしまう。明治政府の判断は、天皇を政治から离し、神格化することでした。后にバランスを考える元老がいなくなった瞬间、天皇の神格化が进み、日本は帝国主义の道をたどります。国家も东大の学问もそれで毁损された。近代日本が负ったものを国家须要の学问を行う大学が担ったという歴史を忘れてはいけない、という意味での题名付けでした。150周年の际には东大の起源をどこに置くかも含めて书くべきだという思いもこめました。

佐藤健二 Kenji Sato
人文社会系研究科教授(研究科長)。歴史社会学。著書に『浅草公園 凌雲閣十二階』(弘文堂)、『柳田国男の歴史社会学』(せりか書房)ほか。
分野の选択には身分闘争の面も
- 桥本●国家と大学の话で私が思い起こすのは、东大纷争の际、大学解体、反大学が唱えられたことです。明治百年のタイミングで、东大の帝国主义的な体质を全共闘侧が问いかけたわけです。我が国初の大学が国家とどう向き合うかというと、やはり国を担がざるをえない部分はあった。しかしそれに対する自己反省はやはり必要だったろうと思います。国を代表しつつ、东大が担わなかった分野もあります。他大にある福祉学部などは东大には生まれませんでした。东大には、近代学术のコアになる分野を担ってきた反面、そぎ落としてきた部分もあり、その选択には国家や大学の意志が働いていた。そこに教员の身分闘争の面があったことも见逃せません。たとえば、大学东校が担っていた医学は、武士には远い分野でした。东大に医学部が入ることで医师や医学の地位が上がるという侧面があったように思います。国学と汉学の话も、そうした文脉上にあったのかもしれません。
- 藤井●身分の話でいうと、東京大学では卒業生全員が学士号をもらえたのに、工部大学校では優等生だけがもらえました。工学部の前身の一つである工部大学校は階層が低かった。創設時からある法?理?文?医は地位が高く、後から加わった工や農は少し下、という感覚が学内にはあったと思います。「身分」というと語弊がありますが、東大では各学部の力が大きく、いまも総合大学になりきれていない部分がありますね。東日本大震災後の授業再開時期を決める際に顕著でしたし、先日、学外の人に、授業の始業時刻が全学で揃ったという話をしたら、「なにを今さら? 」と大笑いされました。
- 桥本●これだけカリキュラムの运用がバラバラな大学も珍しいでしょうね。
- 宇野●台风の日には特に感じます。他大学だと本部が授业の有无を判断してホームページで一斉通知しますが、东大は学部ごとに対応が违います。
- 佐藤●秦の故事をみても、「帝国」には暦と货币と度量衡の统一は不可欠なんですけどね。分科大学の连合でしたからね。
- 桥本●ディシプリンの点では、学部はがっちり固め、新しい分野はそれ以外で担うという倾向が东大にはあると思います。
- 藤井●学部はずっと10前后のままですが、全学センター※2や机构は数多く生まれてきましたね。
- 宇野●东大は文明の配电盘として発达した、と言われますが、西洋学问の输入にばかり强调点が置かれてきたのは、少し偏った理解でしょう。江戸时代の学问といえば朱子学や阳明学、対抗して荻生徂徠らの儒学が発展し、多様な学问が展开した后に明治维新がありました。苅部直※3さんが指摘するように、文明の素地が江戸时代にあったからこそ西洋の学问を受け入れられたはずです。思うに、近代国家に役立つ存在というイメージだけで大学を语るのは时代に合いません。たとえば社会科学と人文学という区别は19世纪的ですが、こうした分类自体が现在まで固定化されています。これまで研究所、全学センターや机构を増やすことで対応してきましたが、学部の构成は基本的に変わっていません。伝统を大切にしたい反面、ある时代の枠组みが固定化しすぎるのはよくない気がします。
- 佐藤●文学部でいうと、ディシプリンの再生産は研究室を抜きに語れません。明治30年代に留学から戻った人たちが土台をつくった。いまも、組織?制度としては未整備ですが、実質は講義が行われる教室ではなく、学生と教員が交流し、参考図書を備えた研究室が専門分野を支える構造が大正期には明確につくられました。では法学部では? あるいは工学部ではどうか? 各部局の構造の存立の事情をたどると面白いでしょうね。
- 桥本●明治30年顷までは、どの学部でも教员には行政官の意识が强かったはずです。讲座制ができ、俸给制の适正化もあって、自分の学问分野に责任を持つという意识が生じました。大学教授という身分意识の诞生、研究室体制の确立、ディシプリン再生产の机运の高まりはパラレルだったでしょう。
歴史を书きたくなる画期とは?
- 加藤●私は、いつ书きたくなるか、から年史を问いたいと思います。何か画期をなすことがあったときに人は歴史を书こうと思い立ちます。法人化の失败も可能性も描けることこそが、150年史を书こうと动き出したいまを表す画期なのかもと思うのです。私见ですが&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。
- 佐藤●100年史※4编纂を机に大学史史料室(现?文书馆)ができましたが、150年史の编纂はどういう形で资料を共有し残すか。电子的な技术を活用しながら大学史をどう考えていけるかは、研究基盘をどう支えるかにもつながるでしょう。
- 宇野●50年史、100年史の顷は、过去が失われてしまうことへの危机意识があったのでしょう。150年史では础滨の影响が大きい気がします。近代日本の何を継承して世界に开くか。それを考えるのが150年史のタイミングだと思います。
- 藤井●工学部の学科は100年史の后に大きく変化しました。造船のように消失した学科がある一方、生命工学のように新设された学科もある。产业构造の変化や公司の需要に応じた部分もあります。150年史では、制度的な学科史よりもむしろ、どういう研究がされたのか、社会と研究がどう関わってきたかを书いたほうがよいのではないかと思います。たとえば理系では各専门でディシプリンを支える基本技术があります。生命工学なら、血液を扱う际にどの大きさの穴を通せばいいか、というろ过膜の技术でしょうか。その膜の开発が関连する研究や连携する社会をすべて変えてしまう。こういう技术がどの分野にもある。それらを継承せずに础滨に移行するのは危険です。础滨に何ができて何ができないのかを、学部教育から意识させたい。たとえば机をつくるにはどういう材料でどう组み合わせるか。电気が全く使えない世界でどうするか。足元を知らずに头上の部分を知るだけではまずい。基本技术と先端技术は共存しているのです。

加藤陽子 Yoko Kato
人文社会系研究科教授。日本近现代史。着书に『戦争まで』(朝日出版社)、『それでも、日本人は「戦争」を选んだ』(新潮文库)ほか。
- 加藤●私は人间が书かれなければいけないと思っています。东大の研究者の列伝を皆で书き加えていくイメージを温めています。兴味を持つ人が自由に閲覧できるよう知を集めて公开する。たとえば台湾の人は日本语ができなくても汉字をたどれば大部分の意味はわかります。文系のアジア圏への発信では、日本语で粗々でも出す意味が大きいと思います。
- 佐藤●100年史は通史と部局史と参考資料という3 部構成でしたが、150年史ワーキンググループではテーマ史という領域を検討しています。以前に日立の社史を調べたら、鉱山の坑道で必要な掘削や運搬や照明などの技術を自前で開発し修理製造しているうちに、エレベーターや新幹線、造船からコンピュータ、家電も原発も様々な機器を生みだす巨大な会社連合ができていました。電力という力がどんなモノを通じて、いかに社会と人間の生活を変革していったかが、ひとつの「企業」の歴史から見えて面白かったんです。東大ならばそういう切り口で近代の大学の歴史を語れるかもしれません。。
- 桥本●いいですね。読者はどう设定しますか。本は売れたほうがいいですよね。
- 佐藤●家具として饰るだけの本ではもったいないですね。理想は若い人が大学で学ぶ価値を感じられる本、でしょうか。
- 宇野●研究者がこれまでの学术を振り返るための基础资料と、东大の学术を世间に知ってもらうための読み物という、その両方を狙っていいのでは。
- 加藤●憧れも大事ですよ。漱石の叁四郎にしろ、鴎外の『雁』の医学生にしろ、东大人が素敌な存在として语られていました。未来に向けて憧れが感じられるコンテンツを加えたい。ろ过膜のような技术は、たとえばノーベル赏の研究も支えていますよね。研究を支えることの価値も憧れに结びつくかもしれません。
- 藤井●ノーベル赏をもらうのは一人ですが、その候补は毎年10人ほどいます。同水準の研究がそれだけあり、その人を支える人が周りに多数いる。大学はそういう场でもあることを発信したらいいと思います。面白い研究はたくさんあるのに、学外にうまく见えていない気がします。
- 加藤●日本史学には100人ほど学生?院生がいますが、彼らの意欲を支えるのは主に有期雇用の副手です。文理を问わずかもしれませんが、研究の现场を支える彼?彼女らの役割は実は非常に大きい。そこに光をあてて谁か书いたら&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。

藤井恵介 Keisuke Fujii
工学系研究科教授。建筑史。共着に『日本建筑様式史』(美术出版社)、『建筑の歴史』(中公文库)、『関野贞アジア踏査』(东京大学総合研究博物馆)ほか。
大学の场の力が知を発展させた
- 宇野●高校生に诉えるのはスター研究者でしょうが、学问の深みを伝えるにはその周辺に目を向けるのもいいかもしれません。大学では、场の力が知を维持し、発展させてきた侧面が大きいですから。
- 桥本●たしかに各学部や研究室で継承するディシプリンをどう拡大再生产していくかが、これまでの年史でうまく言语化されていない気がします。
- 佐藤●たとえば文学部学友会の『会报』など、研究室を基盘に编集され、そうした情报を伝えていた册子はたくさんあったはずですが、狭い范囲だけでしか共有されなかった。これを期に学内でアーカイブするため、卒业生への呼びかけも必要です。
- 加藤●评価という点でいうと、卒业生にも昨今の大学ランキングに忸怩たる思いを持つ人は多いと思います。比较の中で自らを捉えるという视点はこれまでの东大にあったのでしょうか。
- 佐藤●いまは国际比较が盛んですが、明治の顷は少なくとも数値には関心がなかったでしょうね。
- 藤井●理系では、1970年代にポスドクとして国内より进んだ外国に行くのが普通になりました。いまは外に出なくても足りるし、外から研究员や留学生がやってくる。工学部も中国人留学生がかなり多いですが、彼らが皆帰国して活跃するとしたら、东大は博士号を与えて返すサービス业をやっているようです。
- 宇野●东大で优秀に育てた后、日本でも活跃してもらえるといいんですけどね。ランキングが下がり、优秀な留学生は博士号を与えて返すだけでは二重の意味で败けです。ただ、希望もあります。私の演习には中国や韩国からの留学生が参加してくれますが、日本の学生が関心を持たない日本の过去の学问の歴史に兴味をもって研究してくれる人が多いのです。

橋本鉱市 Koichi Hashimoto
教育学研究科教授。高等教育論。著書に『高等教育の政策過程』『専門職の報酬と職域』『大学生 キャンパスの生態史』(玉川大学出版部)ほか。
- 藤井●私の研究室も全く同じです。日本人学生が兴味を示さない过去のテーマでも留学生は别です。日本人学生には面白さが伝わっていないのか&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。
- 加藤●これは歴史研究者の高望みかもしれないのですけれども、全ての学部にその学问の「史」に関わる研究者を置けばいいと思います。そうすれば各々の学问の面白さを直接伝えられるはず。
- 藤井●150周年の记念事业としては破格かもしれませんが、どういう学术の系谱に自分が位置するのかを全教员が提出するといいのではないでしょうかね。理系だと、どんな実験道具を使ってきたか、文系だとどんな本を书いてきたかも含めて语っていったら、面白い歴史になりそうに思います。
- 桥本●个人の研究プロフィールの整理からディシプリンの概要が把握できれば、非常に兴味深い试みになりますね。
- 佐藤●200年史となるとデータも含めた大きな枠组みでの全集のような书籍が必要かもしれませんが、150年史は少し自由にやってもいい気がするんです。
- 宇野●実际、データをただ文章化しただけではやはり不十分です。过去の学问の见方を言语化し、再利用できるようなものにしたいですね。
- 藤井●ケンブリッジやオックスフォードに公式の大学史はないと闻きます。大学史の本はあっても着者ベース。だからこそ自由に书ける。150年史も着者责任の形にしていいのでは。
- 佐藤●藤井先生ならテーマは「空间として発展してきた东京大学」でしょうか。
- 宇野●アメリカのトップ校に行くと、キャンパスが必ず古さと新しさを共存させていて、それが大学の格を决めている気がします。
- 加藤●东大に観光や下见でやってくる海外の方の记念撮影はほぼ古い建物の前ですよね。
- 藤井●もし新しい建物より古い建物のほうがいいという人が多ければ、本郷はオックスフォードのような素敌なキャンパスにできるでしょう。壊さずに改良しながら使う工夫が上手な建筑家が东大にはたくさんいますから。
- 桥本●忘れがちですが、大学という组织としては职员侧の歴史も必要でしょう。
- 佐藤●评议会や教授会の资料とか、学生资料とか、仓库に眠る事务文书は膨大です。ただ、个人情报の问题もあり、活用を进めるには全学を巻き込む工夫と合意が必要でしょうね。

宇野重規 Shigeki Uno
社会科学研究所教授。政治思想史。着书に『保守主义とは何か』(中公新书)、『政治哲学的考察』(岩波书店)、『民主主义のつくり方』(筑摩选书)ほか。
过去の知を可视化して次に进む
- 宇野●こうしてみると、150周年に向けて、文书、学问技法、建物まで、全てを保存し资产化する机运を高める必要があるようです。ただ、単なる过去の记録というだけでは合意を得にくいですね。过去の知を体系化し、可视化して次に进むのに不可欠な材料だと示すべきです。
- 佐藤●われわれがイメージしている歴史には、「足し算の歴史」と「掛け算の歴史」があると思うのです。たとえば真っ白な年表に事実をたくさん书き込んで足し合わせた结果が歴史だと思われている。しかし、これは决定的に不十分です。现在の関心が掛け合わされなければ、そもそも意味が生まれず、歴史にならないという考えに私は立ちたい。现在の関心と问题意识なしに、史料は何も语らない。150年史はさまざまな问题関心が掛けあわせられた东京大学の歴史になるといいと思います。
はみ出しトーク
- 宇野●加藤先生、私とボールペンが同じですね。
- 加藤●シグノ0.5尘尘が好みなんです。
- 桥本●私はジェットストリーム0.7尘尘です。
- 宇野●お持ちのファイルは&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。
- 桥本●京大式カード!
- 加藤●通常は编年式でまとめていますが今日は140周年讲演会の部分を入れ替えてきました。
- 佐藤●加藤先生には知的生产の技术史も书いてもらいましょうか!?
撮影/贝塚纯一
(脚注)
※1 大学南校は蕃书调所や开成所の流れを汲む洋学校。大学东校は种痘所や医学所の流れを汲む医学校。南と东は本校から见た方角。
※2 现在、総合研究博物馆、低温センター、アイソトープ総合センター、环境安全研究センター、人工物工学研究センター、生物生产工学研究センター、アジア生物资源环境研究センター、大学総合教育研究センター、空间情报科学研究センター、情报基盘センター、素粒子物理国际研究センター、大规模集积システム设计教育研究センター、政策ビジョン研究センター、高大接続研究开発センターと14の全学センターがある。
※3 法学政治学研究科教授。当该の指摘は着书『「维新革命」への道』(新潮选书)に。
※4 『东京大学百年史』は1977年から1987年に刊行。通史3巻、资料3巻、部局史4巻の计10巻からなる大着。『东京帝国大学五十年史』(上下册)は1932年刊。国史学科の副手だった大久保利谦(大久保利通の孙)が実质的には一人で原稿を书いたといわれる。
※登场する先生方の肩书きは刊行时のものです。
※本记事は広报誌「淡青」36号の记事から抜粋して掲载しています。笔顿贵版は淡青ページをご覧ください。