岩波新书 スピノザ 読む人の肖像
本书は一七世纪の哲学者スピノザを论じたものである。スピノザは现在では大変人気の高い哲学者であり、研究书や研究论文は数多い。だが、この哲学者とその思想の全体を一つの一贯したストーリーの中で绍介している本は惊くほど少ない。スピノザ哲学の中に无数に存在している论点の一つ一つについて精緻な论文が书かれ、その解明が进んで行くことは极めて重要なことである。だが、同时に、その全体像を一定の视座に立って描き切ることもまた同じく重要なことである。
後者の課題は本書が岩波新书というシリーズで出版されたことと無関係ではない。同シリーズはこれまで数多くの文学者や哲学者についての入門書を提供してきた。本書にも同じ役割が期待されていた。だから私は、スピノザという人物とその思想の全体について、読者が大まかなイメージを得られることを目指した。単なる情報の羅列は、暗記されることはあっても、人の心に残ることはない。ある人物の生き様とその人物の考えたことが人の心に残るためには、何らかのストーリーが必要である。そして心に残ったイメージは、その後、心の中で何度も反復され、生き方に影響を与えたり、新しい考えをもたらしたりするのである。
本书のストーリーはスピノザとデカルトとの関係を问うところから始まっている。もちろん、単にスピノザ哲学とデカルト哲学を比较するのではない。そのような作业はありふれている。だが、にもかかわらず、これまでのスピノザ研究がなおざりにしてきた着作がある。それはスピノザが生前、唯一、自分の名前で出版した『デカルトの哲学原理』である。なぜこの着作は多くのスピノザ研究者の目を惹くことがなかったのだろうか。この本はスピノザがデカルト哲学について书いた一种の入门书であるから、そこに読まれるのはスピノザ哲学ではなくてデカルト哲学であると多くの者が决めてかかっていたからだろう。しかし私は、スピノザのデカルト哲学の読み方にこそ、スピノザの哲学的态度を読み取ることができると考えた。その読み方において示された哲学的态度の完全な実现こそが、その主着『エチカ』に他ならないというのが私の见立てである。
本书の副タイトル「読む人の肖像」が意味するところも、これで理解してもらえるのではなかろうか。哲学者というと人は「考える」を思い起こす。しかし、実际には哲学者は彻底して「読む」人でもある。スピノザは圣书、デカルト哲学、ホッブズ哲学などを読むことで自らの哲学を作り上げた。私はスピノザのそのような姿を强调すると同时に、哲学者そのもののイメージの刷新をも目指していた。読む人としての哲学者。もちろん、我々自身もまた、読む人であったスピノザの着书を読む。だからこそ、我々一人一人に、哲学者になる可能性があると言えるのだ。
入門書を書くためには、既に専門家たちが知っている事実を単に積み重ねていけばよいのだろうか。そのような入門書の書き方もあるだろう (また教科書はそのようなものであるべきだろう)。しかし、そのような入門書はどこか冷たい。そのような入門書には、読者と一緒に対象について考えるという気概が欠けている。実際、教科書は常にその教科書を使って授業をする人間を必要とするのである。入門書はしたがって、現在の研究動向との緊張関係を保ち、読者にもその緊張関係を一緒に体験してもらえるようなものであるべきだろう。
本書は『エチカ』における「意識 conscientia」の概念の重要性を強調している点において、現在の研究動向との一定の緊張関係を保っている。スピノザが意識の概念を価値下げしたというのは、ある種の定説であったからである。いかなる意味において意識がスピノザ哲学において中心的な役割を果たしているかを説明することは、あまりにテクニカルになってしまうのでここでは説明できない。だが一つ述べておきたいのは、この定説の確立に大きな役割を果たしたのが二〇世紀フランスの哲学者ジル?ドゥルーズであり、この定説に異議を唱えることで私は、自分自身がこれまでずっと頼りにしてきたドゥルーズのスピノザ論に対して、はじめて距離を取ることができたという個人的な経験である。本書は私が書いた三冊目のスピノザ論である。私はこれを書き終えることで、ドゥルーズに対してむしろ感謝の気持ちのようなものを抱くに至った。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 國分 功一郎 / 2023)
本の目次
序章 哲学者の嗅覚
第一章 読む人としての哲学者――『デカルトの哲学原理』
1 スピノザの叁つの名前
2 スピノザ哲学の「源流」
3 『デカルトの哲学原理』第一部――方法の問題
4 『デカルトの哲学原理』第二部――スピノザと物理学
第二章 準备の问题――『知性改善论』『短论文』
1 スピノザの二つの技术
2 『知性改善論』と方法
3 『短論文』と神の存在証明
第叁章 総合的方法の完成――『エチカ』第一部
1 『エチカ』誕生の地
2 『エチカ』第一部 (1) ――総合的方法の完成
3 『エチカ』第一部 (2) ――実体と様態
第四章 人间の本质としての意识――『エチカ』第二部、第叁部
1 『エチカ』手稿の発見
2 『エチカ』第二部――身体と精神
3 『エチカ』第三部――欲望と意識
第五章 契约の新しい概念――『神学?政治论』
1 『神学?政治論』の執筆
2 神学的なもの
3 政治的なもの
第六章 意识は何をなしうるか――『エチカ』第四部、第五部
1 再び『エチカ』へ
2 『エチカ』第四部――良心と意識
3 『エチカ』第五部――自由は語りうるか
第七章 遗された课题――『ヘブライ语文法纲要』『国家论』
1 スピノザ晩年のオランダ
2 『ヘブライ語文法綱要』――純粋な知的喜び
3 『国家論』――来るべき民主国家論
文献表
后书き
関连情报
第11回河合隼雄学芸赏 (河合隼雄财団 2023年)
着者インタビュー:
今なぜ哲学者スピノザ? 関连本の刊行相次ぐ 国分功一郎さん新书?全集は异例の売れ行き (朝日新闻 2023年3月15日)
书评:
星野太 評「読む人から読む人たちへ――スピノザが「読む人」であるとはどういうことか」 (講談社現代ビジネス 2023年5月8日)
藤岡俊博 評 <本の棚> 國分功一郎 著 『スピノザ ―読む人の肖像』 (『教養学部報』第645号 2023年5月8日)
田中秀臣 評「ブームの必然と革新を平易に解説」 (『週刊新潮』 2023年3月2日梅見月増大号)
若松英輔 評「「自己の救済」へ開く理性」 (東京新聞 TOKYO Web 2023年1月8日)
平尾昌宏 評「スピノザ、「どう読むか」実践?苦闘の記録」 (日本経済新聞 2022年12月17日)
中島隆博 評「「意識」軸に思想読み解く」 (読売新聞オンライン 2022年12月16日)
中島岳志 評「「書く」を超える創造性を実践 次は読者も」 (毎日新聞 2022年11月26日)
书籍绍介:
2022年8月~2023年7月 东大生协书籍部売り上げランキング (东大新闻オンライン 2023年11月1日)
現在の周辺: 自由への希求促すスピノザ (毎日新聞 2023年7月19日)
文學界図書室: 千葉一幹 (『文學界』 2023年1月号)
著者からのメッセージ「「意識」の発明」 (たねをまく|web岩波 2022年12月1日)
「阴谋论」受容のメカニズムを科学的に解明 叁牧圣子が选ぶ新书2点 (朝日新闻 2022年11月19日)
出演情报:
NEW!
國分功一郎氏出演!『スピノザ』 (エアレボリューション | ニコニコ生放送 2024年4月19日)
【着者ゲスト読书会】国分功一郎『スピノザ&尘颈苍耻蝉;&尘颈苍耻蝉;読む人の肖像』 (猫町倶楽部事务局 2022年12月4日)