古代地中海世界と文化的记忆
記憶というと、個人の脳に依存した一代限りのものというイメージがあるかもしれない。あるいは「記憶違い」という言葉が示すように、記憶は記録と対置されるもので、記録よりもあやふやで過去を語る上の手がかりとしては信頼性に劣るものように感じられるかもしれない。だがユネスコが選定している「世界の記憶」(アンネの日記やマグナ?カルタなど) が示すように、現在では「記憶」はもっと包括的な意味で用いられるようになっている。
本书の序章で安川春基氏が概説しているように、「记忆」の概念は歴史学の分野で、特に20世纪末から盛んに取り上げられ、再定义されてきた。记忆には个人の记忆のほかに、「集合的记忆」と呼ぶべきものがある。こうした集合的记忆は、最初の段阶としては口承によって他者に伝达されることによって形成されるわけだが、その记忆がさまざまなメディアに固定化されることでより长く伝承され、やがて集団のアイデンティティと结びつく。これをアライダ?アスマンとヤン?アスマンは「文化的记忆」と呼ぶ。
3部15章からなるこの論文集は、名古屋大学教授の周藤芳幸氏が立ち上げた共同研究「古代地中海世界における知の伝達の諸形態」(科学研究費補助金基盤研究A、2015~2018年) と、それを引き継いだ「古代地中海世界における知の動態と文化的記憶」(同、2018~2022年) から生まれた。ギリシアとローマに加え、エジプトが1部を形成しているのが大きな特徴である。西洋世界では、古代地中海というとギリシア?ローマばかりが「古典」としてもてはやされる傾向があるが、長年エジプトのアコリス遺跡の発掘に携わっている周藤氏がつくりあげたこの研究グループには、エジプト研究者が何人も参加したのである。
エジプト文明とギリシア?ローマ文明はもちろん古代において密接に関わりあっていたのだが、現代の研究者は大学時代の教育システムからして、互いにほとんど交流を持っていない。研究者が集う学会には研究分野ごとではなく、哲学?史学?文学?考古学?美術史などの異分野同士の交流を目的とした包括的な学会も多いのだが、そうした学会にしても、日本では1950年に日本西洋古典学会、1954年に日本オリエント学会 (メソポタミアやエジプトを含む) が別々に設立されている (その後20年以上を経て、1977年に地中海学会が設立された)。
2018年度の研究会は、周藤氏がアスマンの短い论文のコピーを全员に配るところから始まった。近くて远い、この隔たりのある両地域の研究者が集うにあたり、「文化的记忆」をキーワードとした周藤氏の慧眼には唸らされる。地中海世界の异なる地域と时代で、多様なメディアによって伝えられていく「文化的记忆」について、最初は兴味を持つことができるところから、しかし徐々に関心の幅を広げ、読み进めてもらえることを愿っている。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 芳賀 京子 / 2023)
本の目次
序章 「文化的记忆」とは何か 安川晴基
第滨部 古代エジプトにおける王権?神殿と文化的记忆
第1章 ギザのスフィンクスの文化的记忆 河江肖剰
第2章 古代エジプト王朝时代における「あるべき过去」とその媒体 田泽恵子
第3章 ある古代エジプト王像に彫られた文様の记忆 中野智章
第4章 ローマ期エジプトの地方神殿と図书馆 髙桥亮介
第5章 ファイアンス製品の文化的记忆とその変容 山花京子
第滨滨部 古代ギリシア世界における想起とアイデンティティ形成
第6章 僭主杀害者像とアテナイ民主政の文化的记忆 周藤芳幸
第7章 前六世紀と前五世紀のアテナイ芸术における女性、子ども、老人の聖域避難の図像 長田年弘
第8章 古典期アテナイにおける喧騒の記憶とその共有 佐藤 昇
第9章 记忆の継承の场としてのエフェベイア 师尾晶子
第10章 「过去」を操るマケドニア王たち 泽田典子
第11章 他者が语るフェニキア人とその记忆 佐藤育子
第滨滨滨部 古代ローマ社会における记忆の保存?伝达と継承
第12章 キケロの书简にみるアテナイの哲学学校と古代ローマの别荘 川本悠纪子
第13章 ローマ帝国における皇帝イメージの検閲?伝达?记忆 芳贺京子
第14章 涂り重ねられるギルドー「反乱」の记忆 小坂俊介
第15章 アインジーデルン碑文集成と中世における古代ローマ碑文の记忆 福山佑子
あとがき 桜井万里子
関连情报
スフィンクスの文化的記憶~ファラオ達が紡いだ物語 (エジプト?ピラミッド?神話?考古学?歴史?遺跡?ミステリー?都市伝説) (河江肖剰の古代エジプト | YouTube 2023年1月14日)
せんだい歴史学カフェ 第120回放送「歴史 / 記憶の多彩な語り / 語られ方:『古代地中海世界と文化的记忆』から」 (せんだい歴史学カフェ 2022年9月20日)