心理学理论バトル 心の疑问に挑戦する理论の楽しみ
心理学を学び始めた大学生の頃、手にしたテキストにはたくさんの「理論」が載っていました。当時の私はそれらの理論を知識として学ぼうとするだけで、理論をめぐって交わされる「バトル (闘い)」のことなど、考えもしませんでした。しかし、大学院進学後、質的研究の方法論に関する演習授業の中で、始めたばかりのフィールド研究の観察記録を報告したところ、先生から「あなたの見ているフィールドで起きていることは、今の社会心理学の集団理論では説明できないんじゃないの?」と言われました。「既存の理論を疑う」という研究姿勢について教わったのは、その時が初めてです。この授業での学びは、私にとって「既存の理論に対して健全なバトルを挑みつつ、やがてはオリジナリティの高い理論を自ら構築する」という、研究者としての大切な目標を認識するきっかけになりました。
本書にはまさに、心理学の理論構築の過程でなされた (もしくは現在進行形の) バトルの具体例が数多く紹介されています。章ごとに一つのテーマに関わる複数の理論が取り上げられ、比較されます。各章の著者は、特定の理論の明確な提唱者という場合もあれば、どの理論にも一定の理解を示しつつ、それらの統合を目指している場合もあります。比較される理論がいかなるレベルで異なっているかも章によって多彩です。たとえば2章では、子どもの発達段階に関するピアジェとヴィゴツキー (いずれも1896年生まれで20世紀を代表する心理学者) の二大理論が紹介されています。理論には両者の発達観の違いがよく表れており、ピアジェの理論が個人に内在する認知能力の普遍的な発達過程に焦点を当てているのに対して、ヴィゴツキーの理論は他者との交流が発達に及ぼす影響を重視しています。また、3章は「パーソナリティ特性はいくつあるのか」という問いを掲げ、現時点で最も支持されている5因子モデル「ビッグファイブ」と、それに対するいくつかの批判について検討しています。
私が担当した7章では、異文化に生きる人々の間に心理?行動傾向の差異が生じるメカニズムを解き明かそうとする、二つの理論的視座 (文化心理学アプローチと適応論アプローチ) を紹介しています。両者はいずれも、マクロな社会環境とマイクロな個人の心との相互構成過程を探究するという基本理念を共有していますが、どの方向から光を当てるかという点では大きく異なっています。文化心理学アプローチでは、「社会環境は個人の心に影響を与えるだけの単なる外的要因ではなく、心の内に埋め込まれている」と仮定し、内的な心理過程を解き明かそうとします。他方、適応論アプローチでは、個人の心の性質を「特定の社会環境の下で生き抜くための適応戦略の集合」として捉え、社会環境の特質を見極めることを目指しています。この章では、両者の違いが明確に表れた実証研究の具体例を挙げながら、心と文化に関する研究の今後の方向性を展望します。
本書の副題にある通り、読者は、こうした多彩な理論バトルに触れることによって「心の疑问に挑戦する理论の楽しみ」を知ることができると思います。どの章からでも、関心のある領域を選んでページをめくってみてください。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 村本 由紀子 / 2023)
本の目次
1章 錯視とは何か──エラー説と副産物説 (北岡明佳)
1 错视の副产物説
2 记忆色説
3 ヒストグラム均等化説
4 色の対比か色の恒常性か
【蚕&补尘辫;础】
2章 発达の二大理论と次にくる理论
──ピアジェの発達段階説とヴィゴツキーの社会的相互作用説 (上原 泉)
1 ピアジェの理论
2 ヴィゴツキーの社会的相互作用説
3 ピアジェの説 vs.ヴィゴツキーの説
4 これまでの理论や実践に足りなかった视点と今后の研究
【蚕&补尘辫;础】
3章 パーソナリティ特性はいくつあるのだろうか──理論と予測 (小塩真司)
1 パーソナリティ概念とは
2 ビッグファイブ?パーソナリティ
3 ビッグファイブに対する批判
4 批判をどのように考えるか
【蚕&补尘辫;础】
4章 なつかしさはなぜ起こるか──単純接触効果と自伝的記憶、デジャビュ (楠見 孝)
1 なつかしさと単纯接触効果
2 なつかしさと自伝的记忆
3 デジャビュとなつかしさ
4 まとめ
【蚕&补尘辫;础】
5章 ヒトはなぜ協力するのか──進化心理学と文化進化論 (小田 亮)
1 「万能酸」としての自然淘汰理论
2 进化心理学とは何か?
3 「文化的动物」としてのヒト
4 ヒトはなぜ协力するのか?
5 「强い互恵性」はあるのか?
【蚕&补尘辫;础】
6章 幸福には道徳が必要か──快楽主義?幸福主義?原始仏教 (杉浦義典?)
1 幸福研究の叁つの理论──快楽主义?幸福主义?原始仏教
2 强いネガティブ感情が不适応とはいえない──快楽主义への反论
3 一贯した道徳基盘から反社会的な行动が生じうる
──幸福につながる道徳とは
4 マインドフルネスは道徳(思いやり)を欠くと逆効果になる
──原始仏教と幸福主义への支持
5 止扬
【蚕&补尘辫;础】
7章 「心の文化差」はあるのか──個人へのアプローチ、社会へのアプローチ ()
1 「文化的存在たる个人」への文化心理学アプローチ
2 文化的行动を引き出す「社会环境」への适応论アプローチ
3 二つのアプローチ、そしてその先へ──「心と文化」研究の课题と展望
【蚕&补尘辫;础】
8章 人間は論理的か──進化心理学と二重過程理論 (山 祐嗣)
1 領域固有 対 領域普遍
2 進化心理学 対 二重過程理論
3 スローはファストを饲いならせるのか──歴史的自然実験
4 おわりに
【蚕&补尘辫;础】
9章 経済人は合理的でないといけないのか──形式的合理性と実質的合理性 (竹村和久)
1 合理性と社会的行為
2 経済行动と形式的合理性
3 合理的な选好関係の経験的テスト──非循环性の経験的検讨
4 顕示选好と合理性
5 意思决定の不合理性と顕示选好
6 まとめと今后の展望
【蚕&补尘辫;础】
10章 後悔しない意思決定は可能か──直感的に決めることも悪いとは限らない (繁桝算男)
1 问题
2 人间は间违える
3 人は基本的に合理的である──当たり前から导かれる主観的期待効用理论
4 まとめ──后悔しない意思决定のために
【蚕&补尘辫;础】
11章 脳机能计测でわかること、わからないこと
──fMRIを用いた研究で「メカニズムを解明」することは可能か不可能か (四本裕子)
1 脳机能研究の歴史と方法
2 蹿惭搁滨の测定と単変量解析
3 多変量解析
4 混乱はどこからくるのか?
5 神経デコーディング
6 脳机能计测で何がわかって何がわからないのか
【蚕&补尘辫;础】
12章 心理学と理論 (理論心理学)──心理学史の見地から (西川泰夫)
1 心理学における理论とは
2 心理学における理论の意义──理论の予测と再现性、日本独自の心理测定法と理论化の取り组み
3 独自の理论体系──革新的行动论者の排除すべき&濒诲辩耻辞;理论&谤诲辩耻辞;観