宣教と适応 グローバルミッションの近世
ここに绍介する书物は、2014年10月から3年半にわたり国立民族学博物馆でおこなわれた共同研究の成果である。主宰されたのはアンデス歴史人类学の第一人者である同博物馆教授の斋藤晃さん。长年の友人である彼が、网野さん、今度イエズス会を中心としたカトリック布教の比较世界史的な研究会を始めようと思うのだけれども、参加してみない?と声をかけてくれた。是非仲间に、とお愿いし、大阪で开かれる研究会に嬉々として参加しはじめたのだが、しかしそれはなかなかハードな研究会であった。
周知のように、イエズス会は、16世纪の创设以来、大航海时代のヨーロッパ人の海外进出の流れに乗り、世界各地のカトリック布教の最前线で奋闘し、大きな成果をあげる。研究会には、各地域における宣教の史的动态を研究する日本の第一人者たちが一堂に会しており、それまで名前しか知らなかった錚々たるメンバーの颜ぶれにまずは圧倒された。それだけではない。今まで参加してきた通常の研究会であれば、自己绍介を済ませれば、次回からはすぐに各々の研究を顺々に披露していき、最后にそれを成果报告书にまとめて终わり、という感じなのだが、この共同研究はそうではなかった。研究する地域を异にする者の集まりゆえ、互いのテリトリーの歴史的事情をまずは共有しなければならない、という斋藤さんの基本方针の下、一年间は基本的な文献を彻底的に読み、合评した。例えば、アンデス社会史を研究する私は日本の偶像崇拝をめぐる论文を、ムガル帝国の研究者は日本のキリシタン史の书物を、中国史の研究者は新世界の布教研究を绍介する、といった具合に、まずは共同研究者各人の土俵を熟知し、実りある対话を纺ぎだす前提を构筑することがめざされたのである。惯れない地域の论文を読むのはずいぶん骨が折れたが、しかし、これまでまったく无縁に过ごしてきた多様な地域の目眩く宣教史に触れ、心地良い刺激を得つつ、みずからの研究テーマに新しい光をあてることが可能になったのである。
こうした土台作りを终えると、いよいよ各人の研究成果の报告である。ヨーロッパ人の布教といえば、征服の暴力を背景にした强制的なキリスト教の押しつけをイメージしがちだが、イエズス会の人々は、布教相手の文化や歴史、宗教状况を彻底的に考究し、そこにカトリックの教えを柔软に适応していく戦略をとった。时には大きな论争や反発を惹起しつつも、こうした新しい知性に里打ちされた繊细な宣教戦略により、现地のたくさんの魂がキリスト教に包摂されていったのである。もちろん、精緻に构筑された布教の方法论が、地域の现実を前に破绽し、キリスト教自身の限界すら露呈させることもあったのだが。
共同研究に参加したメンバーたちは、各自の研究領野における宣教と适応戦略が織りなすさまざまな文様を、文献史学、美術史、思想史、そして言语学などの方法を使いこなしながら、鮮やかな手捌きで描き出していった。激しい知的興奮に震えながら東京への帰路についた日々をいまも懐かしく思い出す。
そしてそれらの报告は、鋭い批评的コメントを放ちながら常に研究会に参加されていた名古屋大学出版会の橘宗吾さんの见事なエディターシップを経て、一册の书物として実を结んだ。近世期の宗教の世界史に兴味をお持ちの方に、是非手に取っていただきたい本である。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 網野 徹哉 / 2021)
本の目次
1 近世カトリックの海外宣教
2 宣教師の異文化適応
3 適応の研究
I 宗教をめぐる対话
第1章 本質的なものと中立的なものの間で …………… ギジェルモ?ウィルデ、金子亜美 訳
—— 南米植民地の辺境地域における宣教師の知識と適応
1 本質的なものと中立的なもの —— 適応のジレンマ
2 教会制度と適応政策の限界
3 信仰を翻訳する
4 秘跡を置き換える
5 適応の裏面 —— 先住民による流用とミメーシス
おわりに
第2章 福音以前の祖先と「粗野な人びと」の救済 …………… 齋藤 晃
—— 16世紀の日本とペルー
1 中近世ヨーロッパの救済論
2 日本人の祖先の救済
3 ペルーの「粗野な人びと」の救済
II 理性と科学
第3章 「奇跡」と適応 …………… 折井善果
—— イエズス会宣教師による「理性」概念の形成と日本
1 「適応」「理性」「奇跡」—— インドの事例
2 「奇跡」の不在の意味 —— 日本での経験
3 神の摂理としての適応
4 “理性的な” カテキズム
5 “理性的な神の存在証明” とは何か
おわりに
第4章 学知と宣教 …………… 新居洋子
—— 在華イエズス会士による適応の変容
1 西洋の学問体系の漢訳
2 朱子学への対応からみる適応
おわりに
III 翻訳と包摂
第5章 天主と耶穌 …………… 中砂明徳
—— 明末における受難のナラティブ
1 テクストの性質
2 ルッジェーリ『天主実録』からリッチ『天主実義』へ
3 ポスト?リッチ
おわりに —— 顔を持つイエス
第6章 帝国のなかの福音 …………… 真下裕之
—— ムガル帝国におけるペルシア語キリスト教典籍とその周辺
1 ムガル帝国という環境 —— 16世紀後半~17世紀初頭
2 J?ザビエルの活動と著作
3 『神聖性の鏡』
4 『鏡』と既存の文献群との関係
5 『鏡』の記事の分析
おわりに ——『鏡』と帝国の普遍史
IV 美术を介した交渉
第7章 適応/消費/収奪 …………… 岡田裕成
—— 征服後メキシコにおける宣教と先住民共同体の美術
1 托鉢修道会による布教区建設と先住民の共同体
2 宣教師と羽根モザイクの美術
3 消費される「先住民的なもの」
4 収奪か、交渉の回路か
おわりに
第8章 教育と芸术におけるヴァナキュラー …………… 小谷訓子
—— 日本イエズス会セミナリオの学校教育と絵画制作
1 ヴァリニャーノの指針
2 セミナリオ
3 教育プロジェクトにおける現地への適応
4 日本イエズス会の芸术制作
5 芸术作品に見る現地への適応
6 模倣の芸术 —— イエズス会セミナリオの絵画
おわりに
V 适応の限界
第9章 僧形の宣教者 …………… 岡 美穂子
—— 日本イエズス会の同宿と「適応」の限界
1 ヴァリニャーノによる「適応」方針と日本人宣教者
2 日本人イルマン
3 「適応」廃止論と同宿の離脱
おわりに
第10章 適応に抗した宣教者たち …………… 网野彻哉
—— アルバレスとデ?ラ?クルスの場合
1 背景となる歴史
2 アコスタの適応論
3 反適応論者バルトロメ?アルバレス
4 ペルー教皇フランシスコ?デ?ラ?クルス —— 仮想的世界における適応
おわりに
VI 普遍と文明
第11章 「適応」と言语普遍 …………… 鈴木広光
—— 他者認識のプロセスと〈普遍〉の変容
1 非西欧世界の階層化と言语普遍
2 2つの逆説 —— 古典ナワトル語文法書に見る「再バベル」化と〈普遍〉の強化
3 語尾変化から助辞接続へ —— アラウコ語名詞における〈双数〉表示
4 〈普遍〉の後 —— 投影された「スペイン語」とラテン語
5 他者認識のプロセスと「適応」の論理
第12章 「文明化」の方向転換 …………… 王寺賢太
—— レナル/ディドロ『両インド史』のイエズス会パラグアイ布教区叙述を
めぐって
1 イエズス会宣教論と「野生人の文明化」
2 『両インド史』と七年戦争後のパラグアイ布教区叙述
3 神権政と共有財産制の理想郷? —— インカ帝国とパラグアイ布教区の対比論
4 消え去る理想郷 —— パラグアイ布教区評価の反転
5 「文明化」の方向転換とその裏面
あとがき
図表一覧
索 引