やわらかアカデミズム?〈わかる〉シリーズ よくわかる福祉社会学
福祉社会学 (welfare sociology) は、福祉という対象 (社会現象) を、社会学の理論や方法をもとに研究していく、日本において成立した社会学 (sociology) の一分野ですが、前後をひっくり返した社会福祉学とかなり頻繁に間違えられます。実際、社会福祉学という学問の方が、一般的な知名度は圧倒的に高いのは間違いありません。その成立は古く (1954年)、関連した専門資格や制度、大学の学部などによって支えられているためでもあります。
それに対して「身軽な」福祉社会学は、仮に、その名称を掲げた福祉社会学会発足 (2003年) を出発点とすれば、たかだか20年程度の歴史しか持ちません。ですが、もちろん、広義には「幸せ」に重なり、狭義には福祉法の周辺で生じる「困っている人を助ける手立てに関することがら」に関する「福祉」関連のトピックは、これまでも国内の社会科学や社会学の中で、また、国際的には「貧困?社会福祉?社会政策」「高齢化」などの違った括りの名称の下で社会学的に研究されてきています。例えば、主に狭義の福祉を扱ってきた社会福祉学は、さまざまなディシプリンの学問が相乗り的に応用されることで成立していますが、それを形作ってきた一つの学問分野が社会学です。
このように捉えた上で、敢えて言うならば、本書は産声をあげ徐々に成長し始めた福祉社会学のアイデンティティを確認し、これから学問の世界に入っていこうとする皆さんにその世界の魅力を紹介し、できれば参入してもらおうとする、私たち福祉社会学者の一つの実践としての「教科書」です。本書のIで述べられているように、ある学問の姿を描こうとする際、その分野の理論的中核を示すようなやり方と、その分野の研究内容や対象領域のトレンドを描く方法があります。それに沿うならば、本書では、まず、Iで福祉を考えていく上での理論的な基礎とも言える重要概念や、福祉社会学独自の考え方について説明し、以降で、II.ケア、III.リスク社会と個人化、IV.貧困と社会的排除、V.レジーム、VI.ジェンダー、VII.コミュニティ、VIII.サードセクター?市民社会と、研究内容?対象?切り口のバリエーションを示しています。また、最後の2章分では、研究の対象である福祉に関する制度や環境条件である人口などに関する知識 (IX)、実際に福祉を研究していく際の方法 (X) を解説しています。各章は、それぞれ副題として「問いかけ」がついた10項目からなっており、全体でちょうど100項目となっています。
福祉という名称を掲げた学部学科等が (今のところおそらく) ない東京大学において福祉にまつわる現象について学び研究していこうとした際、どのようにそれを行っていけば良いかわかりにくいかもしれません。本書は、そうした人にとって、一つの入り口になると思います。反対に、特に自分の勉強や研究、あるいは人生にとって福祉は関係ないと思う人にとって、本書は、他の社会現象や社会システムと福祉との関係や、社会科学や人文学の中で福祉がどのように位置づくのかを学べるようなものとなっています。100のトピックのどこからでも読むことができる本書を、気まぐれにでも良いので、ぜひ手に取っていただきたいと思います。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 准教授 井口 高志 / 2021)
本の目次
I 基本概念
1 福祉とはなにか:福祉は困っている人のためにあるのか?
2 福祉と社会:社会的なものと福祉はどのような関係にあるのか?
3 福祉社会学の性格:福祉社会学と社会福祉学に違いはあるのか?
4 必要/ニーズ:欲しいものと必要なものは同じか?
5 資源とその供給:福祉はお金であげるのがいいのか、ものであげるのがいいのか?
6 再分配:働いて得たお金と実際に使えるお金は同じか?
7 福祉の社会的分業:福祉は行政や家族だけが提供するものなのか?
8 官僚制と専門性:社会サービス利用者の味方は誰か?
9 市民権:誰が社会のメンバーか?
10 福祉社会学の現在:どのようなことが研究されているのか?
II ケア
1 ケアとはなにか:誰の手も借りずに生きていくことはできるか?
2 インフォーマルケア:なぜ家族がケアをするのか?
3 親密圏とケアラー支援:なぜ熱心に介護する家族が虐待をしてしまうのか?
4 ケア労働の特質と社会化:介護や保育で食べていけるか?
5 ケアのグローバル化:ケアは国境を越えるか?
6 障害とはなにか:個人の身体の問題なのか?
7 障害に対する合理的配慮:障害のある人は「特別扱い」されているのか?
8 自助?自立と自己決定:障害のある人たちはなぜ施設と家を出て地域で暮らそうとしたのか?
9 看取り:どのように人生を終えるか?
10 ケアの倫理:気づかいしあえる社会をどうつくるか?
III リスク社会と个人化
1 福祉社会におけるリスク:不透明な社会の中でどう生き延びるか?
2 リスクと社会保険:なぜ保険に入らなければならないのか?
3 第二の近代と社会保険:老後に年金はあてにできるのか?
4 福祉国家と伝統的リスク:国が福祉を保障する仕組みはどうやって生まれたか?
5 新しい社会的リスク:経済社会の変化と新しい生活上の困難とはなにか?
6 個人化の進行と福祉:家族の多様化によって福祉の仕組みはどう変わるか?
7 テクノロジーとリスク:福祉はAIにおさまるのか?
8 個人化と社会政策:福祉は自分らしい人生を後押ししてくれるのか?
9 個人化社会における共同性:見ず知らずの他人と支え合えるか?
10 自然災害のリスクと社会の脆弱性:災害に強い社会とはどのようなものか?
IV 贫困と社会的排除
1 不平等と貧困?剥奪:貧しさの基準は人類共通か?
2 社会的排除と包摂:なぜ貧しい人が世間からつまはじきにされることがあるのか?
3 ケイパビリティ:多様な生き方がある社会での貧しさや平等をどうとらえるか?
4 公的扶助とスティグマ:生活保護の受給がなぜ後ろめたく感じられるのか?
5 貧困の女性化:「家」のなかのみえにくい貧困とは?
6 子どもの貧困:「子どもの貧困」の社会問題化はなにを意味するのか?
7 ワーキングプア:なぜ働いても暮らしていけない人がいるのか?
8 健康格差:健康状態の差をなくすには?
9 貧困の再生産:どうすれば貧困から抜け出せるか?
10 ワークフェアとベーシックインカム:「働かざる者食うべからず」か?
V レジーム
1 福祉レジーム:福祉の仕組みは国によって変わるのか?
2 福祉国家の起源と展開:国が福祉に力を入れるようになったのはいつからか?
3 福祉国家の再編:どのような社会をデザインするか?
4 労働市場:働く世界はどう変わったか?
5 福祉政治:どのような議論で福祉は変わるのか?
6 日本の福祉レジーム:日本は特殊なレジームなのか?
7 東アジアの福祉レジーム:西欧との違いをどうとらえるか?
8 欧米諸国の福祉レジーム:欧米諸国の福祉国家はどのように分類できるか?
9 グローバル化と福祉レジーム:福祉レジームは変容するのか?
10 グローバル社会政策:グローバルな社会政策はどのように達成されるのか?
VI ジェンダー
1 福祉社会学におけるジェンダー視点:福祉社会学は女と男の問題か?
2 日本型近代家族:専業主婦はいつ生まれたか?
3 アンペイドワークと性別役割意識:家事に給料は出るのか?
4 男性の家事?育児?介護:日本の男性は家事をするようになるのか?
5 ジェンダーと支援?ケア:なぜ支援/ケアはジェンダー不均衡に配分されるのか?
6 ジェンダーと暴力?ハラスメント:性暴力は個人的な欲望の爆発なのか?
7 介助労働とジェンダー?セクシュアリティ:他者の身体をどのように扱えばよいのか?
8 税制?所得保障におけるジェンダーバイアス:働く女性は損をするか?
9 社会サービスにおけるジェンダーバイアス:保護者はいつまで「お母さんたち」と言われ続けるか?
10 ジェンダー平等:女性優遇は逆差別か?
VII コミュニティ
1 コミュニティとはなにか:なぜ関心が高まっているのか?
2 都市におけるくらしと福祉:都会に出てくるとなぜお金がかかるのか?
3 都市における近隣関係:井戸端会議はまだあるか?
4 農山村の過疎化:過疎地域の高齢者はなぜ暮らしていけるのか?
5 まちづくりと福祉コミュニティ:障害者に優しいまちをどうつくるのか?
6 コミュニティと異質性:なぜ大規模施設は町の外れにつくられるのか?
7 情報コミュニティと福祉:SNSで介護はできるか?
8 セルフ?ヘルプ?グループとピア?サポート:問題を抱えた人たちが集まるのは傷のなめあいなのか?
9 ソーシャル?キャピタルと福祉:つきあいの数は生活を豊かにするか?
10 地域福祉:なぜ福祉で地域が注目されるのか?
VIII サードセクター?市民社会
1 サードセクター:福祉にかかわる組織は国家や企業だけか?
2 社会の福祉化:福祉と他の分野ではどのようなコラボが生まれているか?
3 ボランティア:流行現象にすぎないのか?
4 NPOとNGO:「国境なき医師団」はどのように成り立っているのか?
5 社会福祉法人?社会福祉協議会:「赤い羽根」の募金はどう使われているのか?
6 協同組合:生協や農協は株式会社とどのように違うのか?
7 社会的企業?起業:福祉とビジネスは両立するか?
8 社会運動と福祉:障害者はなぜまちに出て行動するのか?
9 当事者参加:福祉の当事者はいったい誰なのか?
10 福祉ガバナンス:多様な福祉の取り組みはどのように調整されるか?
IX 制度?社会政策?人口
1 人口の構造と動態:日本の人口はどう変わり、これからどうなるのか?
2 人口高齢化:高齢者が増えると困ることはあるのか?
3 人口減少:先進国では人口が減っているのか?
4 家族の変化と人口:“フツーのウチ”ってあるの?
5 社会政策の体系:どのような仕組みで生活は支えられているか?
6 公的年金の仕組みと課題:老後の生活はどのように支えられているか?
7 健康と医療:健康を守るためにどのような仕組みがあるのか?
8 福祉サービス:必要とするすべての人に良質なサービスが行き渡っているか?
9 住宅:住むことに対してどのような支援があるか?
10 雇用:働きやすい社会を作るためにどうすればいいか?
X 研究方法论
1 量的研究 (1) データの集め方:福祉のデータはどこでどうやって集めればよいか?
2 量的研究 (2) データ分析:データはどう読めばよいか?
3 質的研究 (1) データ収集?プロセス?問いの特徴:自分の経験や見たこと聞いたことを研究にしていくには?
4 質的研究 (2) 分析の多様性:個人の語りをいかに分析するか?
5 アクション?リサーチと当事者研究:研究を現場に役立てるにはどうすればよいのか?
6 歴史研究:過去からなにを学ぶか?
7 研究倫理:研究することにはどのような責任がともなうか?
8 政策評価:その政策は正しいか?
9 貧困の測定:貧しさをどう見分けるか?
10 社会指標:社会は測れるか?