中公新书ラクレ 赤ちゃんはことばをどう学ぶのか
多くの人が母語については、あまり努力した覚えもないのに気がつけばペラペラに話せるようになっていた、と思っている。実際、赤ちゃんを見ていても、悲壮な顔と努力で言语の勉強に取り組んでいる感じはしない。
このような子どもの母語獲得プロセスを手本にして新しい言语の学習をしようとするなら、語順やら活用やら細かいことにはこだわらずに言语は聞き流すだけ、ということになるのかもしれない。あるいは、このような「努力した覚えもないのにペラペラになる」学習が子ども時代限定のものだと考えて、子どもには(子どものうちに)できるだけ多種多様な言语を詰め込もうとすることになるのだろうか。
しかし、表面的にはあまり進歩がないように見える時期でさえ、子どもは何もしていないわけではない。音の聞き分け、単語の聞き取りとその意味の推測、文法の獲得、と、言语を使いこなせるようになるために必要なステップを着実に進んでいっているのである。その“見えない努力”の具体的な中身は、近年の研究でも次々と明らかにされてきた。たとえば、生まれたばかりの子どもは、母語では区別しないあらゆる音の違いをも聞き分けるが、この聞き分け能力は1歳の誕生日ころまでには母語に特化したものになる(母語で区別しない音の違いは聞き分けなくなる)など。ただ、このような知見を耳にして、「将来の外国語学習に備えるためには、1歳になる前にその言语のオーディオを聞かせ音の聞き分け能力が衰えないようにしなければ」と考えるとすれば、それは、発達の過程で子どもが示すさまざまな変化が、言语発達全体の中でどのような意味を持ち関連しあっているかを見落としている。
本書ではその前半において、このような個別最新の知見を、子どもの言语発達の流れ全体の中に位置づけ、それらの知見が示す個別の変化が、どのように有機的に積み上げられ、全体として言语の獲得へとつながっていくのかを概説した。こうしてまずは、子どもの母語獲得は、やはり多大な労力をかけて一歩一歩進められるものであることを確認する。そのうえで後半においては、日本语が全く話せない子どもが日本の保育園でどっぷり日本语につかって過ごす日々の観察などにもとづき、「教えなくても新しい言语をやすやすと身につけられる」という、大人の都合の良すぎる期待と子ども観に再考をせまる。
赤ちゃんの母語獲得は、その時期ならではの能力、知識だけでなく、環境にも支えられた独特なものである。その見かけだけを大人がマネたとしても、同様の効果が得られるものではない。本書がそのような気づきにつながり、また、赤ちゃん時代を過ぎてもなお新しい言语の習得に覚悟を決めて取り組もうとする人たちへのエールになれば幸いである。
(紹介文執筆者: 教育学研究科?教育学部 教授 針生 悦子 / 2020)
本の目次
子どもの母語獲得と大人の外国語学習/「爆発的な勢い」とは/チンパンジーと比べてみれば/なぜ父は子に負けたのか/大人:既に少なくとも1つの言语を知っているということ/赤ちゃん:まだ何も知らないということ/再び父の敗因について
第2章 まず、闻く
赤ちゃんの知識を調べる/母語を好む新生児/ことばは胎内でどう聞こえるのか/リズムと言语/単語の聞き取りをめぐる問題/音のつながり/人が変わるとわからない/敏感すぎるのも考えもの/言语音の聞き分け/赤ちゃんの音の聞き分けを調べる/LとRの区別/聞き分け能力の低下は食い止められるか/なぜビデオはダメだったのか/バイリンガル環境で音の聞き分けはどのように発達するのか/バイリンガル環境で何が起こっているのか
第3章 「声」から「ことば」へ
声はどのように発达するか/声がことばになるとき/音のかたちでモノの名前かどうかを判断する赤ちゃん/指さしの意味がわからない/なぜ人は指をさすのか/「私とあなた」の世界、「私とモノ」の世界/人に支えられての学び/単语の意味はどこまで?/単语の意味をめぐる「大人の常识」/いつ「大人の常识」に追いつくのか/モノの名前だけでは文にならないから/単语の种类を知る/手がかりは助词/そもそも助词を聴き取れているのか/子どもは「助词は省略できる」という事実を知っていた/名词とそれ以外との区别
第4章 子どもはあっという间に外国语を覚えるという误解について
子どものときに覚えた言语は完璧?/早いうちにアメリカへ行けば英語は完璧?/実際に保育園に行ってみると/やりとりの始まり/6か月目のやりとり/会話に参加することの難しさ/6か月での到達点/それで“あっという間”というのは本当だったのか/なぜ私たちはそのように思い込んでいたのか/検証その1:なぜウワサが流れたのか/検証その2:本当に母語は苦労なく身につけられたのか/検証その3:早くはじめれば完璧になるのか/そのとき母語はどうなったのか
第5章 必要だから、学ぶ
子どもでも言语習得の道のりはとても険しい/忘れてはいけない母語と新しい言语との関係/言语学習は抽象的である/必要と感じられるからこそ/バイリンガルのなかにモノリンガルが2人入っているわけではない/子どもも「選ぶ」/子ども時代に経験した言语の影響は残っているのか/天は自ら助くる者を助く
関连情报
サイエンスの招待 / 赤ちゃん、ことばを話すための努力 (広報誌『淡青』41号 2020年12月15日)
/focus/ja/features/z1304_00105.html
着者コラム:
赤ちゃんの「胎教」はどれだけ効果がある?研究者が語る意外な真実 (DIAMOND Online 2019年10月6日)
「子どもに英語を教えるのは何歳からがいいのか」 (PRESIDENT Online 2019年8月19日)
?早期教育でバイリンガル?はこんなにも难しい (东洋経済翱狈尝滨狈贰 2019年8月8日)
東大「赤ちゃん研究」が教えてくれた驚きの事実 (中公新书ラクレONLINE 2019年8月6日)
书籍绍介:
ビジネスパーソンの必読书 (产経新闻 2019年9月22日)
新书ピックアップ (朝日新闻 2019年9月21日)
叠翱翱碍ニュース (日刊ゲンダイ 2019年8月31日)
新书 (日本経済新闻 2019年8月24日)
书评:
ひらめきブックレビュー?英语の早期教育どこまで有効? 発达心理学が示す答え? (日経电子版 2019年10月14日)