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近年、わが国の歴史学界にも、二国間関係史的な枠組みにとらわれず、歴史の流れを、よりダイナミックかつ複合的な要素で成り立つものと捉えて分析する手法として、「海域史」という概念が導入された。このような研究方法は、フランスのアナール学派の代表であるブローデルの『地中海』によって確立されたもので、その邦訳 (1991年初版) 刊行は日本の歴史学界に大きな影響を与えた。
 
この15年ほどの間に、「海域史」という枠組みを用いた研究は数多く誕生した。なかでも科学研究費特定領域研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成 (通称にんぷろ)」(2007～2012年度) では、《東アジア海域叢書》(全20巻)《東アジア海域に漕ぎ出す》(全6巻) のシリーズが刊行され、主に日本、中国、韓国などを対象とする歴史研究者が密に交流し、従来の枠組みをはるかに超えた視野から、互いの研究を切磋琢磨し、その海域に居住する人々の生活環境の変化や通交の発展などに焦点を当てた、新たなアジア史像を構築するための共同研究をおこなってきた。本研究に参加する研究者は、《東アジア海域に漕ぎ出す》第一巻『海から見た歴史』（羽田正主編、東京大学出版会、2013）の各章の代表執筆者である。(1) 1250年～1350年〔元朝による緩やかで広範囲にわたるアジア地域支配の下、東西ユーラシアの交易が活発化した時代〕、(2) 1500年～1600年〔ヨーロッパ勢力の東漸とその前後に生じた後期倭寇などの密貿易活性化時代〕、(3) 1700年～1800年〔諸国家による通交管理がほぼ完成し、「外交」の下に「通商」がおこなわれた時代〕の3つの時代設定の東アジア海域の様相を詳細に叙述した。単独の研究者による叙述ではなく、チームで統一した叙述をおこなうという手法においても、かなりの工夫を必要とした本研究は、この『海から見た歴史』の英语版を、英语ネイティブのアジア海域史研究者を含めた共同研究者による、綿密な協議と校正を経て、海外の出版社から刊行することを最大の目的としたプロジェクトである。そこでは、国単位の歴史、陸中心の歴史を超えた広域史が統合的に描かれる。
 
本書の執筆者らは、海を媒介にした日本と東アジア諸地域との交流に関する研究を、海外の研究者に知ってもらうには英语での発信が必須と考え、およそ5年間をかけて英语のテキストの整理、研究状況に即した翻訳のチェックなどを重ねた。本書の刊行には、科学研究費の刊行助成と、鹿島学術振興財団の研究助成を受けた。
 

(紹介文執筆者: 史料编纂所 准教授 岡 美穂子 / 2019)