朝鮮植民地支配と言语
本書は、日本の朝鮮植民地支配の性格を言语という観点から分析したものである。当時の日本の言语支配は、従来、日本语普及政策に代表されて論じられてきたきらいがあるが、本書では、朝鮮語に対する朝鮮総督府の政策と朝鮮知識人の言语運動の両方の論理に注目し、これまでとは異なる観点から考察した。
言うまでもなく、日本の日本语普及政策は、それ自体が植民地統治の要であり、朝鮮人社会に対する暴力として機能した。しかし、そのような観点でしばしば提示されがちな日本语=支配、朝鮮語=被支配 / 抵抗という図式は一面的である。朝鮮語をめぐる朝鮮総督府と朝鮮知識人の動きをみると、朝鮮語の世界にも支配と被支配 (抵抗) の論理は交錯していた。
本書でおもに明らかにしたことを具体的に示すと、次の4つになる。(1) 朝鮮総督府が教育政策の過程で朝鮮語規範化の過程に関与せざるを得なくなったが、その事業が朝鮮人の言语生活との間で緊張関係を余儀なされたこと、(2) その緊張関係を生んだ一つの要素である朝鮮人の朝鮮語規範化運動の論理を明らかにしたこと、(3) 朝鮮語規範化に臨む支配者側、被支配者側双方の論理が全く異なりつつも、ときに利害の一致を見せ、交渉の現象を生んだこと、(4) 朝鮮人の言语運動内部が一枚岩でなく、総督府の政策の問題も絡みながら、運動の多様性を見せたことである。
朝鮮総督府は支配政策の一環として朝鮮語教育を行わざるをえず、そのため朝鮮語規範化に乗り出したが、朝鮮人の言语運動は民族独立にもつながりうるナショナリズムと結びついており、論理的には相反するものであった。しかし、そのような思惑の違いがありつつも、朝鮮人教育の必要性という観点から利害が一致する面があり、朝鮮総督府の朝鮮語綴字法改訂作業に、民族主義的運動団体である朝鮮語研究会 (朝鮮語学会) が関与する事態が起こった。このことは、支配者側、被支配者側双方の必然性によって起こった現象である。従来、両者の論理は対抗的なものとしてのみ描かれてきたが、「抵抗」と「協力」の論理が入り混じる複雑な状況であり、それこそが日本の植民地支配の結果として生み出された現象であった。ちなみに朝鮮の言语運動は朝鮮語研究会のみではなく、言语的規範化の方向性や総督府への対応をめぐる見解の対立などから朴勝彬という知識人を中心とした朝鮮語学研究会が存在したが、本書ではこの研究会の運動についても論じた。
本書では、上記のように朝鮮語をめぐる政策と運動の過程を明らかにし、双方の意図と葛藤を描き出すことで、日本の朝鮮植民地言语支配の歴史的性格についてあらたな展望を提示した。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 准教授 三ツ井 崇 / 2018)
本の目次
序章 研究史と争点
はじめに
第一节 朝鲜语「抹杀」论の意味と限界
第二节 朝鲜语「近代化」论をめぐって
第三節 植民地期言语運動史に対する評価の問題――「植民地近代」論、「帝国史」研究
第四节 朝鲜语规范化问题――本书の主题
第一章 教育政策からみた「朝鲜语问题」の位相
第一节 「嫌韩」言论のなかの「朝鲜语问题」
第二節 日本语普及政策の展開とその論理
第叁节 朝鲜语政策の性格
第二章 近代朝鲜における文字への価値づけとその文脉
はじめに
第一节 文字に対する価値観の交错
第二节 活字印刷?出版の拡大と统制
第叁节 「非近代」的読书と検閲――族谱の位相
第四节 识字と非识字――価値の问题から
むすびにかえて
第三章 支持されぬ言语規範――「普通学校用諺文綴字法」(一九一二年) と「普通学校用諺文綴字法大要」(一九二一年)
はじめに
第一節 社会化されぬ言语規範――「普通学校用諺文綴字法」(一九一二年)
第二节 第一回缀字法の限界
第三節 「普通学校用諺文綴字法大要」(一九二一年) への改正
第四節 言语規範の社会的要請と第二回綴字法に対する批判
第四章 「学务局にて头痛中」――「谚文缀字法」(一九叁〇年)
第一节 改正の経纬と内容
第二节 「学务局にて头痛中」――审议の过程にみる対立の様相
第三節 審議をめぐる言语支配の構造――大委員会における朝鮮語研究会員参加の意味
第四节 第叁回缀字法の通用范囲と影响力
第五节 朝鲜総督府「谚文缀字法」の歴史的意味――第叁?四章のまとめ
第五章 朝鲜语规范化运动の成功と挫折――朝鲜语学会を中心として
はじめに
第一节 朝鲜语研究会时代
第二节 「朝鲜语研究会」から「朝鲜语学会」へ
第叁节 朝鲜语规范化运动
第四节 朝鲜语学会事件
むすびにかえて
第六章 「ハングル」に败れた朝鲜语缀字法――朴胜彬と朝鲜语学研究会をめぐる二、叁のこと
はじめに
第一節 啓明倶楽部と言语問題
第二节 朝鲜语学研究会创立の経纬と活动の概要
第叁节 「叁派」から「二派」へ――対立构造の再编
第四節 朴勝彬と言语問題――人物像と言语観
むすびにかえて
第七章 植民地期朝鮮における朝鮮語規範化運動と「伝統」――「訓民正音」?植民地権力、そして「言语運動史」
はじめに
第一节 朝鲜语规范化运动をめぐって
第二节 文字の「伝统」とその顕彰――「ハングルの日」をめぐって
第叁节 「训民正音」/『训民正音』イメージのゆれ
第四节 植民地権力の対応――赏賛と抑圧の対象
おわりに――解放後南朝鮮/韓国における言语運動史の構築
終章 結論と展望――「言语問題」の歴史化へ向けて
第一节 朝鲜语规范化をめぐる力学の问题
第二節 「文明」と言语支配――理念と手段の乖離
第三節 隠蔽される言语運動史
第四節 「言语問題」の歴史化へ向けて
初出一覧
あとがき
付表
索引
関连情报
井上薫 評 (『植民地教育史研究年報』15、2012年)
久保田優子 評 (『日本の教育史学』55、2012年)
山東功 評 (『日本语の研究』第9巻1号 [『国語学』通巻252号]、2013年1月1日)
受赏:
韩国语翻訳版が2013年大韩民国文化体育観光部优秀学术図书に选定。
その他の情报:
韓国で翻訳: ???, ??? ??『??? ??? ?? ?? ??: ??? ?????? ????』??: ????, 2013 (高栄珍?林慶花訳『植民地朝鮮の言语支配構造─朝鮮語規範化問題を中心に─』、ソウル:ソミョン出版、2013年)