
书籍名
豊臣期武家口宣案集
判型など
256ページ、础5判
言语
日本语
発行年月日
2017年10月10日
ISBN コード
9784490209709
出版社
东京堂出版
出版社鲍搁尝
学内図书馆贷出状况(翱笔础颁)
英语版ページ指定
「口宣案」といっても、耳慣れない言葉で、それは何?と思われることだろう。口宣案というのは、中世以降、官職 (官途、武蔵守や左衛門尉など) の任官や、位階 (従三位?従五位下など) を叙される、昇進する場合に朝廷が発給する文書のことで、神社の神官が祢宜になる、僧侶が僧正や国師号を受ける時などにも出される。本書は、そうした口宣案のうち、羽柴秀吉によって確立された豊臣政権下で武士に対して出された口宣案を集成したものである。
豊臣政権が日本国全体をすべる存在として機能していたのは、概ね奥州までを切り従えた天正十八年 (1590) から、徳川家康が征夷大将軍となり、豊臣家から政治的立場を離脱した慶長八年 (1603) の間ぐらいであるが、秀吉が天正十三年 (1585) に関白となって以降、それまでの室町幕府による武士の叙任のあり方に大きな変化がもたらされ、それは江戸幕府にも若干姿を変えながら継承されていく。
それまでは室町幕府による官途を基本とした序列があったのに対し、豊臣政権以降は、位階とそれに応じた諸大夫 (ここでは通常武士が任官できる官途を持つ者で従五位下)?侍従?少将?中納言以上といった形で大名たちの序列が形成された。しかし、豊臣政権期前後は、日記史料などの記録に見える叙任事例は少なく、またそれは大半が武士に本来興味が無い公家側の記録のために記述が簡略で、全貌がつかみにくかった。
そうしたことから、本書では今後の研究に資する意味で、秀吉が大きく飛躍することになる本能寺の変が起きた天正十年 (1582) 六月から、豊臣家が滅亡した元和元年 (1615) 五月までを対象とし、全部で約540通の口宣案を収録している。関ヶ原合戦以後は、大半が豊臣氏ではなく、徳川氏によって叙任が成立しているが、これもあわせて収録している。
本来の口宣案の形で、现在まで遗されている数はかなり少ない。本书でも、大部分は「符案」と呼ばれる、朝廷で文书発给に携わる者が书き留めた文书案文集に依拠している。とはいえこの「符案」类も、これまで活字として翻刻されてきたわけではなかったので、本书に掲载されたことで大きな利便を得られる。
また巻末には、古記録?口宣案?文書から判明する、天正十年 (1582) から慶長五年 (1600) までの、従五位下以上の位階を有する者を、年ごとに一覧表として提示してある。各年代における大名たちの序列が一目でわかり、豊臣政権下でのそれぞれの位置づけがわかりやすく示されている。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 助教 木下 聡 / 2018)
本の目次
天正10年 (1582) ~元和元年 (1615) までを編年順で掲載
官位一覧表
人名索引