江戸时代みたいに动植物资源だけ使えばいいの?→谷本雅之 骋齿入门/身近な疑问惫蝉东大
GX(Green Transformation)に関係する21の質問に春雨直播app教授陣が学問の視点から答えます。他人事にできない質問を足がかりにGXと研究者の世界を覗いてみませんか。
Q.9 江戸時代みたいに動植物資源だけ使えばいいの?
化石燃料や鉱物资源に頼らずに社会を回した江戸时代に学べという声を闻きます。そうすれば温暖化问题もクリア?回答者/谷本雅之
TANIMOTO Masayuki
教授
日本経済史
肥料から见える経済史
17世纪には草を肥料に使いました。刈った草や小枝などの柴を田畑にすき込む刈敷という草肥です。入手の场は耕地にしにくい山间の入会地でした。戦国时代の后期から江戸时代の前半期には、大名たちが年贡を増やすために耕地を広げ、人口が増加。刈りすぎると土が缓んで洪水の原因になるため、幕府は过剰取得を禁じ、村は入会地利用を制限しました。村八分になると生きられず、别の村に移るのも困难です。他を出し抜く行动に出にくい状况は、资源を守る意味では有効でした。ただ、资源も土地も有限です。18世纪初头には耕地拡大と人口増が限界に达しました。
そこで登场したのが鱼肥です。鰯や鰊などを煮詰めて油を搾った后のかすがよい肥料になりました。草肥と违い、鱼肥は金を払って买う金肥。これが市场経済を进展させたというのが経済史の通説です。金肥を使うのは、主に绵花や菜种といった商品作物の农家が多いですが、草肥が不足する稲作にも用いられています。効力が高いので値段が张っても採算が取れたのです。人口は再び増え始め、人の集积でたまる屎尿も肥料として取引されました。
明治时代に入ると反収増のためにさらに肥料が求められ、国外から入る大豆かすが肥料として使われます。当时、大豆の世界的产地である満洲(中国东北部)が化学产业の原料として大豆油を欧州に供给しており、油を搾る际に大量のかすが生じていました。大豆かすは资源がグローバルに移动するという大きな流れの端绪の一つでした。
资源を外に求めるのが発展の肝だった
草肥も鱼肥も耕地の外で取れるもので、大豆かすは海外からの输入でした。人间社会が拡大するには资源を外に求める必要があるわけです。资源が再生可能な动植物かそうではない鉱物かの违いもありますが、外に向かうか否かがより大きな意味を持ちます。江戸时代は生产と消费のバランスを动植物资源だけで取り、その范囲で人口も経済も拡大しました。やがて限界に达するも、海外との贸易によって拡大したのが明治以降。そしてまた限界に达しつつあるのが现在です。歴史を见れば、拡大&谤补谤谤;限界&谤补谤谤;突破策&谤补谤谤;拡大&谤补谤谤;限界&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;のサイクルを繰り返しているとわかります。
日本の农业は労働集约的で人口が减ると难しい一方、础滨の普及で事务的な仕事が减るという予测があります。第叁次产业などに移った労働人口を农业に戻すという方向は検讨の価値があると思います。再生可能な动植物资源の范囲で人手をかけたのが江戸时代のよいところ。もし江戸时代に学ぶとすれば、厳しい労働を楽にする部分に现代の技术を取り入れつつ、人がこだわりたいところに手をかけるということかもしれません。
私は在来的経済発展に関心があり、近代日本における中小公司の位置付けを调べてきました。いま追っているのは1970年顷までのおもちゃ产业です。墨田区や葛饰区などの小さな町工场が大きな就业の场として机能しました。高度経済成长时代までは町工场の存在感が大きく、就业人口の半分程度が中小経営の世界に属する形で日本経済が回っていたのが、1990年代以降に缩小し、それが现代日本の経済问题にも大きく関わっている。そんな见方を深めています。
谷本先生が「歴史の中の动植物资源と経済活动」について解説した2018年の讲义动画がフルで视聴できます。
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