コロナ下の逆境をチャンスに 狈95マスクの静电気を回復させる研究
生产技术研究所の杉原加織講師は今年3月中旬、東京大学に着任するため、スイスから日本に帰国しました。折しもヨーロッパでは、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、日本でも感染が拡大しつつあった時期。1日でも出発が遅ければ、乗り継ぎ便が飛ばなくなり、日本にしばらくたどり着けなかったかもしれない、と振り返ります。
4月に生产技术研究所で生物物理工学研究室を立ち上げた杉原先生は、以前の勤務先であるジュネーブ大学の研究室から送った高度な実験機器が、COVID-19による貨物輸送の混乱のため予定通り到着せず、歯がゆい思いをしました。
しかし、この停滞期间が、自分の研究を见つめ直し、今后の方向性を考える时间を与えてくれた、と杉原先生は话します。専门知识を生かして、世界中の医疗従事者にとって深刻な供给不足となっている狈95マスクを再利用できないか、という新たな研究を始めるきっかけにもなりました。
「私の研究にとって大きなピンチでした。どうしようかと思いましたが、高価な机器はなくても、自分一人で、手を动かして、できることはないか、考えました。それで始まったのが今回の小さなプロジェクトです」
N95マスクは、会話やくしゃみで飛び散るウイルスを含んだエアロゾルなど、空気中のさまざまな粒子を電荷を与えたフィルターで捕集することで感染を防ぎます。N95の95という数字は、マスクが空気中の粒子の95パーセント以上は捕集できるという意味です。(一般に流通しているサージカルマスクは、N95マスクと違い肌とマスクの隙間から空気が漏れてしまうためウイルスを遮断する効果は薄いそうです。)このフィルターは、単に粒子を物理的にブロックするだけではなく、フィルターの間をくぐり抜けられる大きさの粒子でも、静電気によって吸着させることができます。ただ、静電気が時間とともに失われ、特に湿気を帯びると弱くなることはあまり知られていません。 ましてや水で洗濯したり除菌のためのアルコールを噴霧したりすると、場合によっては静電気はほぼ無くなりフィルター効果が劇的に落ちてしまいます。
テレビのニュース报道で、病院で狈95マスクを洗濯して再利用しているケースもあると知った先生は、危机感を感じたと言います。洗濯などで除菌した后、マスクに直接电圧をかけることで静电気を復活させることはできないだろうかと考え、研究を始めました。
杉原先生は今、一度使用され除菌された狈95マスクを2枚の金属板で挟んで电圧をかけられるような、鯛焼き器に似た小さな机械を试作しています。また、天気や湿度によってマスク内で静电気のつき方がどう変わるかについても研究しています。
杉原先生にとっては常に、探求心が原動力となってきました。名古屋生まれ関東育ちの先生は、慶應義塾大学で物理を専攻したあと、生产技术研究所の修士課程に入り、半導体物理を学びます。しかし、修士課程の途中から、人の病気を治したり、人々を健康にすることに自分の研究を役立てたい、という思いが強くなったと話します。そのため、物理の知識を生かしつつ生物医学系の研究ができる生物物理工学に研究分野を変更しました。
また留学にも兴味がありました。コネやツテはありませんでしたが、バイオセンサ?バイオエレクトロニクスの研究室を主宰するヨーロッパの研究机関の教授を「ググり」、メールで连络。面接を経て、博士课程への入学を许可されたチューリッヒ工科大学に进学しました。
チューリッヒ工科大学では、细胞の内外でのイオンの行き来を制御するタンパク质、イオンチャネルに関する研究を担当しました。
「细胞膜にあるイオンチャネルは、细胞の口のようなもの。开くとイオンが入り、闭じるとイオンをブロックして、人间の电子回路をコントロールしています」
イオンチャネルの働きは脳において特に重要です。意识があるか、眠っているか、また目で物が见えるか、などはすべてイオンチャネルが闭じたり开いたりすることでコントロールされています。科学者たちは、细胞膜の両侧に电极を刺して、电圧をかけて电流を测ります。电流が计测されると、イオンチャネルの口が开いてイオンが流れたとわかるからです。
このような装置を用い、製薬公司では、睡眠障害やうつ病といった神経系の疾患に対する新薬を见つけるために、何百万种类の化学物质をイオンチャネルに付加することでチャネルが开くか闭じるかを调べるテストを行なっています。ところが、使用されている自动パッチクランプと呼ばれる装置の効率が悪く、なかなかスクリーニングが进みません。そこで、スイスの製薬公司と共同で、その装置の効率を上げる研究に取り组みました。
博士号取得后も、物理学と工学と生物学が交差する分野での研究を続けました。ドイツ?シュトゥットガルトにあるマックス?プランク知的システム研究所でポスドク研究员として2年间を过ごしたあと、2014年、ジュネーブ大学でテニュア?トラック助教に着任。今春、日本に戻るまで同大学で勤务しました。
现在の研究分野の一つは、「メカノバイオロジー」。张力や浸透圧など、物理的な力が细胞、组织、そして臓器にどのように影响を与えるのかを研究する学问です。杉原先生は特に、科学者がナノスケールでそのような力を测定することができる技术に関心を持っていて、メカノクロミック材料と呼ばれる、押すと蛍光を発光するポリマーを细胞膜に组み込むことで、细胞膜とタンパク质がどのようにお互いを押したり引っ张ったりしているかを可视化する技术の开発を目指しています。
「例えば、がん细胞は健康な细胞に比べて硬いことがわかっています。今までは、がん细胞しか持っていないタンパク质を见つけることでがん细胞かどうかを识别していました。しかし今では、原子间力顕微镜という特殊な顕微镜を使って、ナノスケールで细胞を押して、细胞の硬さからがん细胞を见分けようとする研究者が出てきています」
杉原先生は自らを「ツール?デベロッパー」と呼び、生物医学系研究者らが使えるツールを开発したいと考えています。
「私の仕事は、生物学者とか製薬会社とか医师とか、エンドユーザーとのかかわりを大切にしながら、物理や工学の力で彼らのニーズを満たすアプリケーションを生み出すことだと思っています。彼らが本当に必要だと思うものを作りたい。それが究极の目标ですね」
ただ今は、マスクの研究に汗を流し、コロナ下でできることは何かを考えています。
「生物系の実験は、準备するのに1年かかる。なので、実験をやっている研究者にとって、コロナによって研究计画を狂わされることがどれだけ大変なことか、よくわかります。実験が一からやり直しになりますから。私自身は今、何もないところからチャンスを作り出そうとしています。そして、今までやってきたことをそのまま続けるというよりは、自分の研究を见つめ直して、新しいやり方でどう伸ばしていくかを考えています」
取材?文/ 小竹 朝子