未来の医疗技术が社会にもたらす功罪を、社会学の観点から明らかに。| UTOKYO VOICES 090
医科学研究所 教授 武藤香织
未来の医疗技术が社会にもたらす功罪を、社会学の観点から明らかに。
<本记事の取材は2019年12月6日に実施しました>
大学3年の夏、体调を崩して病院に行った。何度も検査を受けさせられたが、いつになっても结果の説明がもらえない。不安を募らせた武藤が「先生は何の病気を疑っているんですか?」と寻ねると、担当医は苛立ちを露わにした。
「私が大学生の顷は、患者は黙って医师にすべてを委ねるもの、という空気があったんです」
怒鸣りつけるように医师が口にした病名を闻いて、隣にいた母亲は泣き出した。「娘はもう助からない」と絶望してもおかしくない病名だった。
「结果としては误诊だったのですが、重大な病気かもしれないのになぜ、患者や家族にずっと何の説明もしないでよしとされるのか。その时、『医疗者と患者の関係をきちんと研究したい』という思いが生まれました」
回復した武藤は、もともと専攻していた社会学の観点から医疗伦理を研究する道に进む。ちょうどそのころ、遗伝性疾患であるハンチントン病の発症前の遗伝学的検査について国际ガイドラインが発表された。イギリスで研究していた武藤はその経纬を知って、强く胸を打たれた。
ガイドライン策定のための议论には、専门家と患者グループが対等な立场で参加していた。しかも议论は、遗伝学的検査が技术的に可能と判明した时、つまり実用化のずっと前から始まっていたという。
ひるがえって日本では、そのような议论が行われる土壌がなかった。遗伝が関わるものであればなおさら、议论そのものがタブーとなってしまうこともしばしばだった。
「でも、日本でもこんな议论ができるようにしたい。自分にできることは何かと考え、研究职を目指しました」
遗伝学的検査に限らず、ゲノム编集や再生医疗など、萌芽的な医疗技术が社会にもたらす影响について考えておくべきことは多い。亲は生まれてくる子のゲノム编集をする决断をしても许されるのか、颈笔厂细胞から卵子や精子をつくってもよいのか――。
そうした課題を探究し、望ましい姿、望ましくない利用について社会に提言する研究は、「ELSI(Ethical, Legal and Social Implications; エルシー)研究」と呼ばれる。1990年代にアメリカで生まれた学際的な研究で、武藤は日本のELSI研究をリードする一人だ。
いつも気をつけているのは、「この议论から抜け落ちている人がいるのでは?」と自身に问うこと。
「病気や障害をお持ちの方にしか気付けない意见が研究者に届き、研究者侧の葛藤や悩みも率直に伝え返す。そういう対话のなかで最先端の医疗研究が进むことが重要だと思っています。光が当たっていない方がいないか、いつも気にしています」
武藤らの研究から生まれた提言はいま、少しずつ実を结びつつある。萌芽的な技术を社会がどう受け入れ、どう使うかを议论するだけでなく、今后の研究の方向性に患者の意见を反映させようという动きもようやく日本で始まった。
まな板の上の鲤のように患者が一方的に医疗を施されるのではなく、医疗者、研究者、患者がともに、互いを尊重できる「パートナー」に。将来の医疗技术についてあらかじめ议论し、医疗のあり方を模索できる社会に。武藤は日々、その土壌を耕している。
元同僚などが自分に书いてくれたメッセージが贴ってある自室のドア。「毎日、部屋を开けるときに目に入るので、『がんばろう!』って思えます。あ、『たべられるマウス』というのは本物じゃないですよ、お菓子です(笑)」
「医疗研究はいま病と闘っている患者さんの协力があって初めて进展しますが、その患者さん自身を救うことはできない。研究者と患者の间には途方もない时间スケールのギャップがあります。双方が梦を见られるように蝶番の役割をすることが贰尝厂滨研究者の仕事だと思っています」
Profile
武藤香织(むとう?かおり)
1995年庆应义塾大学大学院社会学研究科修士课程修了后、东京大学大学院医学系研究科 博士课程(国际保健学専攻)へ。1998年単位取得満期退学、2002年博士号取得。信州大学医学部讲师を経て2007年より东京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター公共政策研究分野准教授。2009年より研究伦理支援室室长を兼务。2013年より现职。専门は医疗社会学、研究伦理?医疗伦理。遗伝性の神経変性疾患ハンチントン病の患者会立ち上げに尽力し、支援?记録を続けている。
取材日: 2019年12月6日
取材?文/江口絵理、撮影/今村拓马