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东京大学基金寄付者インタビュー第二十回 : 周 順圭様

掲载日:2019年6月6日

东京大学基金 寄付者インタビュー 第二十回 : 周 順圭様

写真:周 順圭 氏

周 順圭(しゅう?じゅんけい)
1936年6月7日生
中国上海市出身。1956年、上海の高校を卒业后、南京工学院(1949年以前の国立中央大学、现在の东南大学)の1年次を终えたタイミングで、日本への留学を决断。来日后は日本语の勉强を进め、1年后に东京工业大学へ进学。同大学大学院修了后、东京大学大学院工学系研究科电子工学専攻へ。1969年に工学博士を取得。同年、アメリカ(カリフォルニア州)へ移住。

「连続起业家(シリアルアントレプレナー)」であり、また、起业家のスタートアップ期を支援する「エンジェル投资家」でもある周顺圭氏は、アメリカ、特にシリコンバレーのハイテク业界ではとても有名な人物だ。中国で生まれ育ち、日本で専门教育を受け、アメリカで成功をつかんだ周氏の梦は、中?日?米の优秀な若者たちの悬け桥になること。2016年と2018年の2度にわたり、东京大学は「大学の改革と発展のために役立ててほしい」と、周氏からご寄付をいただいた。今回はそんな周氏に、これまでの人生と寄付活动についてのお话を伺った。


政情が悪化する母国を离れ、
电子工学の勉强のため日本へ

私は中国で生まれ育ちましたが、大跃进运动が始まる2年ほど前に、母国を离れる决断をしました。その顷、中国にこのまま残っていたら自分が望むような勉强?研究ができなくなるかもしれないと考え、海外への留学を决めたというわけです。家族はすでに国外で暮らしているなど、家庭环境も私の背中を押してくれました。今の私があるのも、あの时の留学の决断があってこそだと思っています。

学生时代

学生时代

アメリカか日本で电子工学の勉强を続けたいと考えていましたが、当时の私が学んでいた外国语はロシア语だったので、英语はまったくわかりません。一方、同じ汉字を使う日本であれば勉强しやすいだろうと考え、日本を选んだのです。ただ、あの顷は日本との国交がなかったため、いったん母が住んでいた香港にわたり、日本へ向かうというルートを取らざるを得ませんでした。
 

东京に着いてからまず、1年ほど日本语の勉强をしたのちに、东京工业大学への进学が叶いました。东京工业大学では大学院まで进んで修士号を取得。その后、日本电気の半导体工场で1年间の研修を终えた后、より高度かつ専门的な研究を望んだ私は、东京大学大学院博士课程の门をたたきます。そして、固体エレクトロニクス分野、特に电界効果トランジスタに関する研究を行い、その后の大规模集积回路の微细化につながる基础を确立した菅野卓雄先生のもとで、半导体に関する研究を続ける道を得たのです。

学生时代

学生时代

工学博士を取得したのち、
アメリカへの移住を决断

スタンフォード大学での研究を终えて戻ってこられたばかりの菅野先生からは、まさに最先端の半导体の世界を教えていただくことができました。それは本当にラッキーだったと思っています。ただし、博士课程の3年间のうち、2年半はほぼ东京の叁鹰で研究活动をしていました。菅野先生が委託を受けた电电公社(现狈罢罢)との共同研究に従事していたのです。おそらく本郷キャンパスに来るのは、週に1度くらいだったしょうか。でも、あの顷のキャンパスでは全共闘の大学纷争が激化していましたから、うまく避难して研究に打ち込めたという意味では良かったですね。
 

ちなみに、私は东京大学大学院博士课程の时代に结婚しています。妻は日本の女性です。勉强と研究以外の本郷の思い出は&濒诲辩耻辞;银杏&谤诲辩耻辞;でしょうか。秋が过ぎるとキャンパスにいくらでも落ちているでしょう。それをたくさん拾って、実を取り出して、菅野先生の研究室で炒ってみんなで食べました。とても楽しく、美味しかったことを覚えています。
 

(中略:続きと全文は、「东京大学基金」ウェブサイトのをご覧ください。)

人を育てるためにお金を使いたい。
だから教育机関への寄付が最优先

2016年と2018年の2回、東京大学に寄付をさせてもらいました。もちろん、私自身が学生时代にお世話になった恩返しとしての意味もあります。もう一つの理由は、中国、日本、アメリカの若者たちに仲良くなってほしいという強い思いがあるからです。中国は私を20年間育ててくれた母国です。日本は、東京工業大学、東京大学という国立大学で、専門教育を授けてくれた国。そしてアメリカは、ビジネスでの成功をもたらせてくれ、私たち家族が幸せに暮らしている国。この3つの国に、私は心から感謝しています。だから日本では東京大学、中国では清華大学に寄付をさせてもらっているのです。これからアメリカのスタンフォード大学にも寄付する予定です。これらの大学でハイテクの基礎を学んだ若者たちが、研究やビジネスを通じて協力し合う未来に役立てたなら、これほど嬉しいことはないと思っています。
 

これからの梦ですか? もう年ですからね(笑)。自分がやれるだけのことをやれたら、それだけですよ。でも、できる限り若者たちの研究や起业を支援してきたいとは思っています。そしてもう少し储けさせてもらって(笑)、3つの国と教育机関への寄付を続けられたらいいですね。东京大学には、昔からたくさんの中国人が留学していて、彼?彼女らも私と同様に贵重な学びを経験させてもらったと思います。そのおかげで成功した中国人も少なからずいるはず。自分だけよければいいというのは、やはりだめです。恩返しの心を忘れることなく、いつか自分にできる贡献をしてほしいですね。
 

自分が使ったお金は自分のお金ですが、懐に残っているお金は、社会からいったん预かって管理しているお金だと思っています。だから、いい社会をつくるために私のお金を役立てたい。でも、政府には寄付したくないですね。国がお金を持って力をつけると、戦争を始める可能性もありますから。やはり、若者の可能性を正しく育てること、教育机関が一番の投资先だと思っています。
 

そもそもお金には絶対的価値はありません。どんな场合でも相対的価値。たとえば、お金がたくさんあるところに寄付しても意味がないでしょう。足りていないところに渡すから意味があるのです。でも、东京大学がそうだと言っているわけではありませんよ(笑)。私の会社は30年前から、カリフォルニア州のミルピタスに本社を置かせてもらっているのですが、そこの小学校に少しだけ寄付をさせてもらったら、ものすごく喜ばれました。きっと、スタンフォード大学に同じ金额を寄付しても、そうはならないでしょうね(笑)。

 

(全文は、「东京大学基金」ウェブサイトのをご覧ください。)

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