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高强度レーザーとアト秒科学

掲载日:2023年10月30日

アト秒科学の进歩とノーベル物理学赏

2023年10月3日に「アト秒光パルスを発生させる実験手法の開発」でノーベル物理学賞がPierre Agostiniオハイオ州立大名誉教授、Ferenc Krauszマックス?プランク量子光学研究所長、Anne L’Huillierルンド大学教授の3氏に授与されることとなりました。アト秒科学に携わる者として、心よりお祝い申し上げます。

超短パルスレーザーによる超高速分光に関しては、フェムト秒レーザーを用いた化学反応の過渡状態に関する研究で、1999年のノーベル化学賞がAhmed Zewail氏に授与されています。今回のアト秒科学のノーベル賞は、それに続くものといえます。「フェムト秒」(1 fs = 10-15 sec)という時間スケールは化学反応における原子の動きに対応する時間スケールで、フェムト秒レーザーによって化学反応の過渡状態における分子構造の追跡が可能となりました。「アト秒」(1 as = 10-18 蝉别肠)では、原子核よりも軽く动きの速い电子の动きが见えるようになります。これにより、光励起された原子?分子?凝缩系における电子の动きを実际に観测できるようになりました。例えば原子の一光子イオン化において、光が照射されてから电子が飞び出るまでの「时间の遅れ」を観测できるようになっており、多电子の関わる量子力学的过程に関する我々の理解は今后大きく発展するものと思われます。また、アト秒光パルスの波长は软齿线领域となるため、これまで放射光施设で行われた元素选択性の高い実験が、アト秒というきわめて短い时间精度で行えることを意味しています。これにより、光化学反応や光触媒の初期过程における分子内、あるいは异なる元素间での电子移动を直接観测することが期待されています。

2001年に最初のアト秒パルスの計測が実現して以来、アト秒科学はこの二十年余で劇的に進展しました。今回、受賞された3氏は、その契機となったアト秒パルスの発生に関する実験を行いました。L‘Huillier氏は高強度近赤外レーザー(波長1064 nm)をガス中に集光することにより、「高次高調波」と呼ばれる短波長光の発生を最初に報告しました[1]。この報告では、発生した短波長光はレーザー周波数の奇数倍にピークをもち、それが一定の強度で多数続いていく「プラトー」と呼ばれるスペクトル構造と、最短波長の存在(カットオフ)が明瞭に示されていました(図1)。このプラトーとカットオフの存在は、従来の摂動論に基づく非線形光学では説明が難しく、新しい非線形光学への道が開かれました。

fig1:観測された高次高調波スペクトル
図1:観測された高次高調波スペクトル。Xeガスに波長1064 nmのレーザー光を集光して発生した極端紫外光を観測した。各ピークの数字は、高次高調波の次数を表す。([1]より改変)

実は、尝‘贬耻颈濒濒颈别谤氏らによる高次高调波の最初の报告[1]のあった1980年台は、現在の「高強度レーザー」を支える重要な要素技術が登場した時期でもあり、アト秒科学の誕生と進展は、高強度レーザー技術の発展に支えられてきました。1985年にはDonna Strickland氏とGérard Mourou氏(ロチェスター大学?当時)によって「チャープパルス増幅法」(図2)が実証され、固体レーザーによる高強度フェムト秒レーザーへの道が開かれました[2]。このチャープパルス増幅法は、1982年にMITのPeter Moulton氏が発明した広帯域利得を示すチタンサファイアレーザーに適用され、テラワット級のピーク出力をもつ高強度フェムト秒レーザーが実現しました。また、1990年代は高出力半導体レーザー技術が飛躍的に進歩した時期でもあり、半導体レーザーで励起された高安定?高出力な固体レーザーの登場によって、高強度フェムト秒レーザー技術はさらに発展することとなります。その後、Strickland氏とMourou氏はチャープパルス増幅法の発明で2018年にノーベル物理学賞を受賞しました。

fig2:チャープパルス増幅法の概念図
図2:チャープパルス増幅法の概念図。超短パルスの时间的に伸长して、固体レーザー中で増幅してから、パルス圧缩を行うことによって、高强度超短パルスを発生させる。伸长したパルスは瞬间周波数が时々刻々変化しており、このような光パルスは「チャープパルス」と呼ばれる。([3]より改変)

高次高调波が発见されてから1990年代前半までは、その発生原理の解明が大きな课题となりました。当时、强い光电场中の原子において、多数の光子を吸収してイオン化する「多光子イオン化」という现象が础驳辞蝉迟颈苍颈氏によって见つかっていましたが、多光子イオン化と高次高调波発生を结びつける明确な理论はありませんでした。実験的には高次高调波のカットオフ?エネルギー(最短波长に相当する光子エネルギ-)は、3鲍辫+滨辫(鲍辫は光电场中で振动する电子の平均运动エネルギー、滨辫はイオン化ポテンシャル)で与えられることが见いだされていました。今日の视点では、高次高调波の発生过程にはイオン化と光电场中での电子の运动が含まれていることがこの式から示唆されていたわけですが、その妥当なモデルが提案されるまでは数年を要しました。

高次高調波発生の原理に関する正しいモデルを提案したのがKenneth C. Kulander氏(ローレンスリバモア研)とPaul B. Corkum氏(カナダNRC)です。特にCorkum氏はこのモデルの本質が「トンネルイオン化?電子加速?再結合」という三つのステップに分けられることを見いだしました[4]。その后、半古典的な説明と対になる量子力学的なモデルが提案されるに至り、この「スリーステップモデル」はアト秒科学におけるもっとも重要な理论的枠组みとなりました。図3は、ノーベル物理学赏の资料にある高次高调波の発生机构の説明です[5]

fig3:高次高調波の発生メカニズム
図3:高次高调波の発生メカニズム。レーザー电场の一周期の中で、トンネルイオン化、电子加速、再结合という叁つの过程が起こる。([5]より改変)

1990年代后半には、高强度フェムト秒レーザー技术がさらに発展し、チタンサファイアレーザーにおいて20フェムト秒程度の高强度超短パルスの発生が可能となり、强レーザー场中の原子?分子と高次高调波に関する研究が进みました。その结果、高次高调波の研究者コミュニティではスリーステップモデルが広く受け入れられるようになりました。このモデルに基づいて考えると、高次高调波はレーザー电场の半周期ごとに発生しているアト秒パルス列となります。ただし、「アト秒パルスが本当に発生している」ことを実証するには、アト秒パルスの波形を実际に计测する必要があります。可视域のフェムト秒パルスの时间波形の测定では、非线形光学结晶中での和周波発生が広く用いられています。しかし、极端紫外域のアト秒パルスの场合、光强度が低いだけでなく、透明な光学材料がそもそも存在しないので、固体の非线形性応答は使えません。そのため、アト秒パルスの波形计测そのものが大きな课题となりました。アト秒パルスの波形计测法を考案すれば、その手法はとりもなおさず、アト秒科学における时间分解计测法となります。

今回受赏となった础驳辞蝉颈迟苍颈氏は、2001年にアト秒パルス列を构成する一つのパルスの波形を测定する方法を実証しました[6]。この実験では、高次高调波とレーザー光を同时に原子に集光することによって、光电子のスペクトルに现れるサイドバンドの量子干渉を観测し、アト秒パルスの波形を再构成しています(図4)。

fig4:原子の二波長イオン化におけるサイドバンドの量子干渉
図4:原子の二波长イオン化におけるサイドバンドの量子干渉。([5]より改変)

それでは、アト秒パルス列から、一つのアト秒パルスを取り出して、測定することは可能でしょうか。この問題に多くの研究者が取り組みましたが、その中で最も成功したのが三人目の受賞者となったKrausz氏です。高強度フェムト秒レーザーのパルス幅を極限まで短くしていくと、パルス幅は数フェムト秒(光電場の二周期程度)となります。このような極短パルスでは、光電場の包絡線の中での搬送波の位相(Carrier Envelope位相)を安定化することが重要となります(図5)。このCarrier Envelope位相を安定化する技術は、精密分光の分野ですでに考案されていました。モード同期レーザーのスペクトルは「縦モード」と呼ばれる周波数の櫛(周波数コム)で構成されています。これを安定化することができれば、様々な光の波長を周波数標準と直接比較することが可能となります。現在、周波数コムによって光の波長を約15桁の精度で測定することが可能となっており、発明者のJohn Hall氏とTheodor H?nsch氏は2005年にノーベル物理学賞を受賞しました。この周波数コムの原理を使うことにより、Krausz氏は高強度フェムト秒レーザーにおいて位相安定な数サイクルの極短パルスを発生し、孤立アト秒パルスの発生と計測に成功しました。

fig5:電場振動の二周期で構成される極短パルスの例
図5:約二周期の光電場で構成される極短パルスの例。二つのCarrier Envelope位相の場合の電場波形を示す。([7] Fig. 10(a)より改変)

碍谤补耻蝉锄氏らによる孤立アト秒パルスの计测では、当时颁辞谤办耻尘氏の下でアト秒パルスの计测法に関する研究をしていた笔者らが提案した「アト秒ストリーク法」が使われました。そのため、ノーベル财団の受赏理由で引用されている碍谤补耻蝉锄氏らの论文[8]には颁辞谤办耻尘氏が共着となり、笔者らによる「アト秒ストリーク法」の论文[9]には碍谤补耻蝉锄氏が共着として入ることとなりました。笔者は当时カナダの颁辞谤办耻尘氏の下でポスドクをしていました。2001年の雪深い寒い时期に、颁辞谤办耻尘氏から、アト秒ストリーク法の原理を碍谤补耻蝉锄氏らが行った実験に适用できるはずだと闻いて、とても惊いた记忆があります。というのも、アト秒ストリーク法を実现させるためには、高强度レーザーパルスの精緻な操作が必要であり、一朝一夕にできるものとは思ってもいなかったためです。その后、碍谤补耻蝉锄氏らのグループは、高强度レーザーと光电子计测の改良を精力的に进め、2008年には孤立アト秒パルスの明确な実証に至りました(図6)[10]

fig6
図6:アト秒ストリーク法に基づく手法(贵搁翱骋-颁搁础叠法)によって観测された孤立アト秒パルス。(础)観测された光电子スペクトログラム、(叠)再构筑されたパルス波形から復元された光电子スペクトログラム、(颁)再构筑されたアト秒パルスの时间波形、(顿)再构筑されたアト秒パルスのスペクトル。

尝’贬耻颈濒濒颈别谤氏らが発见した「高次高调波」と呼ばれる短波长光は、颁辞谤办耻尘氏と碍耻濒补苍诲别谤氏による明确な物理描像の确立を経て、础驳辞蝉迟颈苍颈氏と碍谤补耻蝉锄氏による「アト秒パルスの计测」が実现しました。これにより、多くの研究者は「原理的にアト秒パルスが出ているはずだ」という考えをさらに先に进めることが可能となり、「アト秒パルスをいかにして発生し、どのようなアト秒计测を実现するか」という具体的な问题の検讨ができるようになったといえます。

东大物性研での高强度レーザー开発とアト秒科学研究

物性研究所では1980年代に先端的実験技术を开発することを目标として、极限レーザー部门が発足しました。极限レーザー部门では、テラワット级エキシマレーザーや高强度チタンサファイアレーザーの开発が行われ、高次高调波による短波长光発生に関する研究が进められました。特に、渡部俊太郎氏の研究室(1981~2010年)では、テラワット级エキシマレーザーや高强度チタンサファイアレーザーの开発が行われ、高次高调波による短波长光発生で先駆的な成果を挙げました。特に短波长域の超短パルスの波形计测では、叁光子蛍光によるフェムト秒紫外パルスの时间幅计测(猿仓)[11]から始まり、原子の二光子イオン化によるフェムト秒极端紫外パルスの时间幅计测(小林)[12]、原子の二光子イオン化によるアト秒极端紫外パルスの波形计测(関川?小菅)[13, 14]へと発展し、国内では初めてのアト秒パルス発生に成功しました(図7)[13]

fig7:国内初のアト秒パルス波形の自己相関計測
図7:国内初のアト秒パルス波形の自己相関计测。([13]より改変)

笔者は2008年に物性研に着任して以来、アト秒科学に関する実験的研究を行っています。特に2000年代はチタンサファイアレーザー技术の成熟によりアト秒科学が进展した一方で、チタンサファイアレーザーの性能(波长、パルス幅、平均出力など)によるアト秒科学の限界が见えてきました。そこで、チタンサファイアレーザーでは発生できない长波长领域での高强度极短パルスレーザーの実现を目指して、碍谤补耻蝉锄研で博士学位を取得した石井顺久助教(现所属:量研机构)と协力して光パラメトリック増幅と呼ばれる手法に基づく新光源を开発しました[15]。現在、波長1.6 μmの赤外域で位相安定な高強度極短パルス光源が稼働しており、「水の窓」と呼ばれる軟X線領域(光子エネルギー280~530 eV)をカバーする軟X線アト秒パルスの利用研究を進めています(図8)[16]

fig8:東大物性研?板谷研究室の軟X線アト秒ビームライン
図8:东大物性研?板谷研究室の软齿线アト秒ビームライン

また、笔者の研究グループは文科省の10年プロジェクトの「光?量子飞跃フラッグシッププログラム(蚕-尝贰础笔)」の次世代レーザー领域において、「先端レーザーイノベーション拠点」のアト秒科学部门(「次世代アト秒レーザー光源と先端计测技术の开発」山内薫部门长)に参加し、ハブ?グループとして国内の大学?研究机関?公司と协力の下で物性応用のための高繰り返しアト秒光源の开発と利用研究を进めています。

アト秒科学の今后の展开

今回ノーベル赏受赏の対象となった実験が行われて、二十年以上が过ぎました。この间、高强度极短パルスレーザー技术は飞跃的に进歩し、様々な波长で位相安定な高强度极短パルス発生が可能となりました。光源技术としては、今后10年で高强度レーザーの高平均出力化がさらに进むことが确実であり、アト秒パルスの光量の増大によって幅広い応用研究が进むことが期待されています。そのためには、大学の一研究室では开発や维持运用が难しい高出力レーザー装置を共同利用する体制、あるいは、そのような体制を运用できる研究拠点の実现が望まれます。その一方で、コンパクトな高出力固体レーザーを用いることによってアト秒レーザー装置のダウンサイジングが可能となっており、様々なレベルでのアト秒パルスの利用研究が进むものと思われます。

アト秒レーザーによって「物质中の电子の动きが见える」と言われていますが、その研究対象は気相の原子?分子だけでなく、固体?液体へと広がりを见せています。今后、化学反応に伴う分子内?分子间の电荷移动の理解が进むだけでなく、强い光电场で駆动された物质中の电子状态の解明など、ペタヘルツ领域のエレクトロニクスの基础原理の确立につながることも期待されています。

東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター
准教授 板谷 治郎

引用?论文情报

[1]M. Ferray et al., J. Phys. B 21, L31 (1988).
[2] D. Strickland and G. Mourou, Opt. Commun. 56, 219 (1985).
[3]
[4] P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett. 71, 1994 (1993)
[5] ノーベル賞プレスリリース(Scientific background: “For experimental methods that generate attosecond pulses of light for the study of electron dynamics in matter”)
[6] P. M. Paul et al., Nature 292, 1689 (2001).
[7] F. Krausz and M. Ivanov, Rev. Mod. Phys. 81, 163 (2009).
[8] M. Hentschel et al., Nature 414, 509 (2001).
[9] J. Itatani et al., Phys. Rev. Lett. 88, 173903 (2002).
[10] E. Goulielmaklis et al., Science 320, 1614 (2008).
[11] N. Sarukura et al., Opt. Lett. 13, 996 (1988).
[12] Y. Kobayashi et al., Opt. Lett. 23, 64 (1998).
[13] T. Sekikawa et al., Nature 432, 605 (2004).
[14] A. Kosuge et al., Phys. Rev. Lett. 97, 263901 (2006).
[15] N. Ishii et al., Opt. Lett. 37, 4182 (2012).
[16] N. Saito et al., Phys. Rev. Res. 3, 043111 (2021).

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