海洋科学の力で叁陆の海に希望を/青山润の沿岸海洋科学蔼岩手県 | 広报誌「淡青」35号より
実施日: 2017年09月08日
沿岸海洋科学 @ 岩手県
「知的好奇心」の帜を掲げて
海洋科学の力で叁陆の海に希望を
谜の多いウナギの生态を解明しようと世界中を旅してきた海洋学者が、叁陆の海を见つめながら次の航海へ漕ぎ出そうとしています。その舳先にはためく帜には、震灾で一度は消えかけた「知的好奇心」の文字が、再び明瞭に染め抜かれています。
青山 潤/神奈川出身
Jun Aoyama
教授
ノーベル生理学?医学赏を受赏した大隅良典?东京工业大学栄誉教授が、社会の役に立つことを想定しない基础研究の重要性を指摘したことは记忆に新しい。自身を振り返れば、なぜウナギは旅をするのかという疑问に答えるため、その进化の道筋を皮切りに、世界中の川に海に様々な研究を展开してきた。恩师である塚本胜巳名誉教授が指摘した通り、ウナギは新月の夜、マリアナの海山で产卵するというロマンチックなシナリオを演じていた。产卵に来た亲ウナギや天然で生み出されたウナギ卵の採集、新种の発见など、史上初という冠の付く现场に几度となく立ち会う机会に恵まれた。ただただ知的欲求の赴くまま遮二无二突き进んだ结果だった。それがどう社会に役立つのか。言わずと知れた问いかけは耳に届かぬ振りをして、「知的好奇心」と染め抜いた帜だけを掲げていたような気がする。
大槌町のシンボル「ひょうたん岛」。国际沿岸海洋研究センターが奥に见える。
东日本大震灾により壊灭的な被害を受けた岩手県大槌町にある大気海洋研究所?国际沿岸海洋研究センターへ着任したのは2014年4月だった。津波により1阶と2阶を完全に破壊されたセンターは、浸水した3阶部分を改修して全力で片肺飞行を続けていた。地元の协力を得ていち早く建造した调査船を駆使し、地震や津波による沿岸生态系の搅乱実态を明らかにするためである。被灾地の水产业復兴のみならず、同様の灾害への备えとなる社会的要请の强い重要な调査?研究といえる。一歩町へ出れば、无残に失われた人命や财产、思い出の强烈な痕跡がそこかしこに残されている。人が、町が、社会全体が忌まわしい记忆を振り切るかのごとく復兴へ疾走する地域に、「知的好奇心」という言叶はまったくもってそぐわなかった。あれから3年の月日が流れ、今、空気は少しずつ変わり始めている。復兴工事が造り上げたのは津波に耐える町であり、そこに命を吹き込むのは人间であるという当たり前のことが、改めて浮き彫りになりつつある。ようやく中心市街地の整备を终えた大槌町は、想定を大きく下回る住宅再建に四苦八苦している。ここから先は、全国の他の地方と同様、过疎化?高齢化に伴う地域の衰退とどう向き合うかが试されよう。
古来より无限の恩恵と人智を超えた厄灾をもたらす海と共に歩んできた叁陆沿岸地域。今回の震灾を机に海と决别する选択肢などあろうはずはなく、むしろ再び海に希望の光を灯すことこそ急务だろう。岩手県釜石市で「」を展开してきたは、“希望とは?”という問いに“A wish for something to come true by action”(行動によって何かを実現しようとする情熱)と答えている。単なる食欲や物欲を“希望”と表現することは一般的で無く、ここでいう“何か”とはより高尚なもの、精神的なものを指すと推察する。すなわち、究極的に自身のアイデンティティを守ろうとする情熱こそが希望であると私は解釈している。ならば海洋科学研究の力により、目の前の海に住民が誇りを感じるアイデンティティを構築できれば、この地域に新たな希望が生まれるはずである。そこでは真顔で夢やロマンを語る純粋な知的好奇心に基づく研究こそ大きな星となるかもしれない。我々は被災地?三陸にある研究機関だからこそ、改めて「知的好奇心」の幟を高々と掲げ、社会科学研究所の力を借りて「役に立たぬ基礎研究」を核とした地域振興を模索しようとしている。名付けて「海と希望の学校 in 三陸」。間もなく開校予定である。
大槌町のシンボル「ひょうたん岛」。国际沿岸海洋研究センターが奥に见える。
东日本大震灾により壊灭的な被害を受けた岩手県大槌町にある大気海洋研究所?国际沿岸海洋研究センターへ着任したのは2014年4月だった。津波により1阶と2阶を完全に破壊されたセンターは、浸水した3阶部分を改修して全力で片肺飞行を続けていた。地元の协力を得ていち早く建造した调査船を駆使し、地震や津波による沿岸生态系の搅乱実态を明らかにするためである。被灾地の水产业復兴のみならず、同様の灾害への备えとなる社会的要请の强い重要な调査?研究といえる。一歩町へ出れば、无残に失われた人命や财产、思い出の强烈な痕跡がそこかしこに残されている。人が、町が、社会全体が忌まわしい记忆を振り切るかのごとく復兴へ疾走する地域に、「知的好奇心」という言叶はまったくもってそぐわなかった。あれから3年の月日が流れ、今、空気は少しずつ変わり始めている。復兴工事が造り上げたのは津波に耐える町であり、そこに命を吹き込むのは人间であるという当たり前のことが、改めて浮き彫りになりつつある。ようやく中心市街地の整备を终えた大槌町は、想定を大きく下回る住宅再建に四苦八苦している。ここから先は、全国の他の地方と同様、过疎化?高齢化に伴う地域の衰退とどう向き合うかが试されよう。
古来より无限の恩恵と人智を超えた厄灾をもたらす海と共に歩んできた叁陆沿岸地域。今回の震灾を机に海と决别する选択肢などあろうはずはなく、むしろ再び海に希望の光を灯すことこそ急务だろう。岩手県釜石市で「」を展开してきたは、“希望とは?”という問いに“A wish for something to come true by action”(行動によって何かを実現しようとする情熱)と答えている。単なる食欲や物欲を“希望”と表現することは一般的で無く、ここでいう“何か”とはより高尚なもの、精神的なものを指すと推察する。すなわち、究極的に自身のアイデンティティを守ろうとする情熱こそが希望であると私は解釈している。ならば海洋科学研究の力により、目の前の海に住民が誇りを感じるアイデンティティを構築できれば、この地域に新たな希望が生まれるはずである。そこでは真顔で夢やロマンを語る純粋な知的好奇心に基づく研究こそ大きな星となるかもしれない。我々は被災地?三陸にある研究機関だからこそ、改めて「知的好奇心」の幟を高々と掲げ、社会科学研究所の力を借りて「役に立たぬ基礎研究」を核とした地域振興を模索しようとしている。名付けて「海と希望の学校 in 三陸」。間もなく開校予定である。
※本记事は広报誌「淡青」35号の记事から抜粋して掲载しています。笔顿贵版はをご覧ください。
復兴が进む大槌湾沿岸。