社会経済史学事典
本書は、「社会経済史」という学問領域に関して、現在の研究で何がどこまで明らかにされているのかを、事典形式によって示した書物である。この分野の日本における代表的な学会の社会経済史学会が、その編集に当たっており、編集幹事の一人であった私 (谷本) を含め、多くの本学教員が編集委員、および執筆者として関与している。
人間社会の歴史の中で、経済の領域に焦点をあてる「社会経済史学」は、学問領域として特に関係の深い経済学と歴史学のほかにも、政治学、法学、社会学、人類学、人口学、地理学など、社会科学と人文学の双方にまたがっており、用いられる方法も多様である。近年は自然科学との協同も見られるようになった。このような学問領域の今日的な達成と魅力を伝えるためには、どのような構成?編集方針を取るのがよいのか。学会代表と編集幹事を中心とする会議では、活発な議論がかわされ、当初の時代と地域による編別構成――歴史学的には王道――をとらず、以下の16の問題領域を設定してその中に個別テーマを20項目前後組み込むこととした (全208項目、執筆者総勢245名)。
「社会経済史学の学問の歴史と方法」、「交易と商業」、「生産と技术」、「消費」、「金融」、「雇用と労働」、「福祉と社会保障」、「医療と衛生」、「家族?人口?ジェンダー」、「交通と情報」、「人の移動」、「資源?環境?エネルギー」、「都市」、「国家」、「戦争と経済」、「国際秩序と開発」
市場経済化や产业の発展、政府の政策に着目する伝統的な領域に加え、これまでの経済史研究では周辺的な位置づけにあった領域について独立の問題領域として設定していることは、本書の特徴と言って良いと思われる。一つの個別テーマの大半は、見開き2頁で完結しているから、読者は興味惹かれるテーマを選んで、気軽に読みすすめていけると思う。限定された紙幅の中に、基本情報と研究史上の最前線を組み込むことは、容易ではない面があるが、それぞれの分野に精通した書き手によって、この難題の多くは克服されているように思う (贔屓目かもしれませんが……)。
最後に、我田引水になるが、筆者が山本千映氏 (大阪大学) と協同で編集した「家族?人口?ジェンダー (9章)」の冒頭の説明文の一部を、参考例として引用しておく。
「人間社会の最小の構成単位である家族、あるいは家族を中心として形成される世帯は、人口再生産の場であるとともに生産や消費の主体として、経済活動の単位でもあった。家族がどのように形成されるのか、また家族を通じて財産や人的?社会的資本が次世代にどのように継承されるのか。そこにはさまざまなバリエーションがあり、その在り方はマクロの人口動態や経済に大きな影響を与えてきた。(中略) 時代や地域によって多様である世帯内外におけるジェンダー役割も、再生産行動や経済活動を規定した。本章では、家族?人口?ジェンダーを取り巻く諸問題について、歴史的な変遷や地理的な差異を概観し、何がわかっていて何が課題として残されているかを解説する。」
(紹介文執筆者: 経済学研究科?経済学部 教授 谷本 雅之 / 2024)
本の目次
社会経済史学の歴史と方法/ドイツ歴史学派と経済史/マルクス経済学と経済史/社会学と経済史/経営学と経済史/共同体論と経済史/社会史 (日本)/社会史 (英仏独)/歴史人口学/比較制度分析/経済人類学と経済史/計量経済学と経済史/開発経済学と経済史/グローバル?ヒストリー/長期GDP統計/日本における経済史研究/[コラム] 戦後歴史学の展開 (1) 大塚久雄/[コラム] 戦後歴史学の展開 (2) 上原専禄と増田四郎/[コラム] 戦後歴史学の展開 (3) 中村隆英/[コラム] アダム?スミスと経済史
2章 交易と商业
商人集団?ギルド/家と商い/问屋と小売/市场の阶层性/市场圏/港市/特许会社/禁输体制と互市/商品取引所/商社/流通革命/地中海东部?西アジア交易/インド洋交易/ヨーロッパ域内交易/大西洋?アフリカ交易/ロシア?内陆アジア交易/アジア间交易/太平洋贸易
3章 生産と技术
農業技术の発展 (ヨーロッパ)/農業技术の発展 (日本)/農業技术の発展 (アジア)/農業技术の発展 (アメリカ)/農業と科学/さまざまな工業化論/イギリス产业革命論の系譜/日本の工業化/手工業 (中国)/手工業 (日本)/手工業 (ヨーロッパ)/繊維产业の展開/窯業の展開 (日本)/「世界の工場」としての中国/「世界の工場」としての南アジア/木材生産と林業技术/ビルディングとマニュファクチャリング/第2次产业革命 (R&Dのはじまり) /生産システム/発酵/採掘/冶金/精製/土木/エネルギーシフト/技术移転/技术教育/[コラム] ソ連型農業/[コラム] 海外視察と技术
4章 消费
消費の歴史をめぐる理論的系譜/日本における消費史研究の系譜/ヨーロッパにおける「消費革命」/近代アジアにおける「西洋化」と消費/奢侈品/百貨店/マーケティングと消費/巡礼と門前町/観光产业の展開 (日本)/芸术?エンターテイメント/コンテンツ消費/文明開化と消費生活/倹約の思想と生活改善/消費者運動の展開/家族と消費/消費とジェンダー/大衆消費社会の国際比較/新興国の成長と消費
5章 金融
金融業の起源 (貸借の歴史)/貨幣の起源/商業金融と銀行/証券市場と投資銀行/中央銀行/金融と経済成長/金融と財政/金融と物価/金融規制?銀行監督/庶民金融/金融のグローバル化/中近世日本の金融/近代日本の金融 (戦前)/近代日本の金融 (戦後)/中国の金融/インドの金融/イスラーム金融
6章 雇用と労働
雇用と請負/職人の世界/徒弟制度/賃金/労働時間/工場法/労働組合と使用者団体/家内労働/鉱山労働/植民地と労働/労働基本権/国際労働運動/人事労務管理/中間管理職/学校教育と労働市場/日本的雇用システム/奴隷労働/人的資本/[コラム] 退職制度/[コラム] 長期休暇/[コラム] 専門職
7章 福祉と社会保障
生存戦略/福祉の複合体/救貧法/フィランスロピー/友愛組合/戦争と福祉/ベヴァリッジ?プラン/社会保険/疾病保険/失業保険/家族政策/育児?介護?社会サービス/児童福祉/障碍者福祉/パターナリズム/企業福祉/ウェルフェア?キャピタリズム (福祉資本主義)
8章 医疗と卫生
医療?疾病の社会史?経済史/交易とパンデミック/公衆衛生の形成/慈善と医療?病院/医薬市場の多元性と規制 (欧米)/医薬市場の多元性と規制 (日本)/近代衛生?医療と社会経済 (西欧)/近代衛生?医療と社会経済 (日本)/近代衛生?医療と社会経済 (中国)/貿易と検疫/開発原病?帝国医療/開業医と病院/看護と保健/経済格差?疾病?公的医療 (西欧)/経済格差?貧困?疾病 (日本)/医療の社会化 (日本)/経済発展と健康転換/製薬产业/医療機器产业/健康产业
9章 家族?人口?ジェンダー
家族と相続 (ヨーロッパ)/家族と相続 (日本)/家族と相続 (アジア)/家族と相続 (イスラーム圏)/ファミリービジネス/結婚と家族/人口理論と世界人口史/体位の変動と人口?経済/産児制限と人口動態/都市化と人口/飢饉?疾病と人口/性別分業/工業化と女性労働/工業化と児童労働/家族賃金の形成/ケア労働と国際労働移動/ケアと家族/女性の労働供給 (M字型カーブの比較史)
10章 交通と情报
国际海运/日本の水运/船舶/道路/自动车/鉄道/日本の鉄道/机関车/航空/航空机/印刷/新闻?雑誌/ラジオ?テレビ/书信?信号/邮便/电信?电话/デジタル化
11章 人の移动
人の移動と経済史/ディアスポラ/迫害?戦争と難民/ヴァイキング/大航海時代/アフリカ人奴隷貿易と中南米/北米へのヨーロッパ移民/南アフリカへの移民/オーストラリアへの移民/イギリスの移民政策/移民国家/ムスリム商人/インド洋世界の奴隷交易/印僑/華僑/日本人移民 (アジア)/日本人移民(南北アメリカ)
12章 资源?环境?エネルギー
資源へのまなざし/コモンズ/水資源/森林資源/食料資源/資源メジャー/石炭/石油/原子力/電気事業/家庭用エネルギー/再生可能エネルギー/产业革命と公害/アジアの工業化と公害/廃棄物とリサイクル/自然保護/地球環境問題/古気候学/人新世
13章 都市
日本近世都市/日本近現代都市/ヨーロッパ中世都市/ヨーロッパ近世都市/ヨーロッパ近現代都市/アメリカの都市/アジアの植民都市 (植民地都市)/中国の都市/イスラーム都市/地中海都市/都市計画/都市行政/都市政策/住宅問題と住宅建設/ヨーロッパ都市の自発的結社/ヨーロッパの郊外化/日本の都市社会集団/日本の都市「下層社会」/都市と戦争?災害
14章 国家
古代国家/ローマ帝国/等族国家 (身分制国家)/中世国家?帝権 (皇帝権)/「中国」の構造/領主制の構造/国家と市場/国家と市場 (イスラーム圏)/穀物備蓄政策 (中国)/重商主義/国民国家の形成/国家と貨幣/殖産興業政策/国家と財政/国家と統計/福祉国家/政府間関係 (中央と地方)/通商政策/产业政策
15章 戦争と経済
軍需产业 (軍産複合体)/帝国主義 (植民地戦争)/戦債と賠償/戦争と女性/ブラック?マーケット (闇市場)/(東西) 冷戦/アヘン戦争/第1次世界大戦/第2次世界大戦/ファシズム/日清戦争?日露戦争/武器移転/工業動員/戦時食糧統制/軍事援助/戦時金融(戦時財政)/宗教と戦争/アメリカ南北戦争/軍縮 (交渉?協定)/陸軍工廠 (日本)/海軍工廠/[コラム] 死の商人
16章 国际秩序と开発
本位通货制度と国际贸易/国际金融机関と现代の経済/米州の国际秩序/コモンウェルスと自由贸易体制/ポンド圏の生成と衰退/欧州経済统合の起源と展开/植民地帝国と植民地経営/日本の开発援助政策/东アジアの开発体制/东南アジア経済开発体制/南アジアの开発体制/アフリカの开発体制/中南米の开発体制/国连と开発/翱贰颁顿と成长?开発体制/滨尝翱と国际的な労働秩序/骋础罢罢と国际的な贸易体制
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编集委员长:&苍产蝉辫;馬場 哲 (武蔵野大学経済学部 教授)
编集干事:&苍产蝉辫;神田さやこ (慶應義塾大学経済学部 教授)、鎮目雅人 (早稲田大学政治経済学術院 教授)、 (東京大学大学院経済学研究科 教授)、須藤 功 (明治大学政治経済学部 教授) (東京大学大学院経済学研究科 教授)、矢後和彦 (早稲田大学商学学術院 教授)
编集委员: (東京大学大学院経済学研究科 教授)、大月康弘 (一橋大学大学院経済学研究科 教授)、小野塚知二 (東京大学大学院経済学研究科 教授)、小堀 聡 (京都大学人文科学研究所 准教授)、岛田竜登 (東京大学大学院人文社会系研究科 准教授)、菅原 歩 (東北大学大学院経済学研究科 准教授)、杉浦未樹 (法政大学経済学部 教授)、高嶋修一 (青山学院大学経済学部 教授)、永島 剛 (専修大学経済学部 教授)、 (東京大学社会科学研究所 教授)、鴋澤 歩 (大阪大学大学院経済学研究科 教授)、満薗 勇 (北海道大学大学院経済学研究院 准教授)、山本千映 (大阪大学大学院経済学研究科 教授)、横井勝彦 (明治大学商学部 教授)、渡辺昭一 (東北学院大学文学部 教授) [五十音順]