イメージの記憶 (かげ) 危机のしるし
本书は着者による近年のイメージ论の论考を集成した论文集である。この场合の「イメージ论」とは、「イメージ」と呼ばれる心像?物体をめぐる思想的な考察に加え、美术?映画?建筑などの作品のほか、考古学の発掘品や自然科学における図像に至るまで、広く「イメージ」として把握される现象の具体的な分析を包括している。
このようなイメージ论を展开している论者としては、ドイツのホルスト?ブレーデカンプやフランスのジョルジュ?ディディ=ユベルマン、ロシア出身のボリス?グロイスがおり、本书の第滨部は相互に関连づけて考察されることの少ないこうした理论家たちの理论を総合的に検讨している。ブレーデカンプやディディ=ユベルマンのイメージ论の基础をなしているのは、着者も长年研究してきた20世纪ドイツの文化史家アビ?ヴァールブルクの思想である。とくに重要なのはヨーロッパ数千年の「イメージの记忆」を図像パネル群で表わしたヴァールブルク晩年のプロジェクト『ムネモシュネ?アトラス』であり、第滨滨部にはこれに関する着者の最新の考察を集めている。
第滨滨滨部はナチスによるホロコーストを主题とした映画と絵画について、第滨部の理论的考察を踏まえたイメージ论的な分析を行なっている。第滨痴部は建筑论であり、建筑空间を生み出す想像力の运动のうちに表われるさまざまな神话的イメージの解釈を试みている。第痴部は米国におけるトランプ政権成立からコロナ祸に至る时代の政治?社会的危机を表わすイメージとして、トランプの戯画や映画『シン?ゴジラ』の怪獣などを取り上げ、それらの背后にある重层的な歴史的记忆を浮き彫りにしている。
ブレーデカンプがたとえばイコノクラスム (聖像破壊) の分析にもとづき、西洋の視覚文化の根底に「イメージの否定の否定」という構造を見ているのに対し、本書はこの「否定の否定」モデルを乗り越えるための手がかりを文芸や哲学における「無」や「空」の観念に求め、結論では日本语の「かげ」の概念の吟味を通じて、無?空と表裏一体になったイメージというモデルを提起している。そのような「かげ」としてのイメージは「現 (うつつ)」にして「空 (うつ)」なるものであり、別のイメージへと「移 (うつ) ろい」、他のイメージを「映 (うつ) す」という、「うつり / うつし(移動/反映)」の運動のうちにある。
本書の副題が「危机のしるし」であるのは、この書物が主題とするイメージなるものが、危機の予兆においてもっとも顕著に表われるような、さだかならぬ何ものかのかすかな徴候という謎めいた性格を帯びているからである。書名の「記憶」の一語に振られたルビの「かげ」が指し示すものもまた同様だ。本書が解明しようとするのは、そんなふうに現われつつ隠れながらわれわれに働きかけるイメージの秘密にほかならない。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 田中 純 / 2022)
本の目次
I 行為する像 (イメージ)
第1章 创像された怪物の解剖学──像行為论の射程
第2章 握斧 (ハンドアックス) の像行為──起源/根源のメイキング
第3章 不死のテクノロジーとしての芸术──生政治のインスタレーション
第4章 物質論的人文知 (ヒューマニティーズ) としての考古学──同時代への退行的発掘
1 新石器时代の终わり?
2 野生の考古学
3 考古学的物质性
4 野生の考古学と歴史経験
5 アーカイヴという発掘现场
6 人文知の先立未来
第5章 死者の像の宛先──スーザン?ソンタグの亡骸
II 『ムネモシュネ?アトラス』を継ぐ
第1章 モンタージュ/パラタクシス──パラダイム転换のために
1 イメージによる歴史叙述の「リアリズム」
2 テオ?アンゲロプロスの映画における空舞台
3 マックス?エルンスト《主の寝室》の皮肤
4 「歴史の地震计」のヘテロトピア
第2章 フィールドノートという自伝──霊たちのためのドローイング
第3章 见えない瓦砾を投げる──蜂起の身振り
第4章 歴史のゴースト?プラン──宇佐美圭司の絵画论をめぐって
第5章 心理歴史的地図からイメージ记忆の散歩へ──『ムネモシュネ?アトラス』再考
第6章 夜の共同体へ──パスカル?キニャールに
III ホロコースト表象の现在
第1章 ホロコースト表象の転换点──『サウルの息子』の触感的(ハプティック)経験
1 迷宫と化す映像空间
2 「黒」からの脱出
3 「子供の死」というトポス
4 触感的(ハプティック)な歴史叙述としての映画
第2章 それの地下室(クリプト)──ゲルハルト?リヒター《ビルケナウ》
第3章 生と死のシンメトリー──セルゲイ?ロズニツァ『アウステルリッツ』
IV 建筑的想像力の神话学
第1章 巨人と小人の无垢──ベンヤミンと冥府の建筑家たち
第2章 魔术的洞窟──キースラーのシャーマニズム
第3章 死の女神としての家──「叁匹の子ブタ」异闻
第4章 白い错乱──ル?コルビュジエの「最初の絵画」
第5章 デミウルゴスのかたり──磯崎新の土星(サトゥルヌス)的仮面剧
1 异形の双面神(ヤヌス)
2 都市破壊业からもうひとつのユートピアへ
3 サトゥルヌスとしてのデミウルゴス
4 黒い翁の流言
V 危机のしるし
第1章 『シン?ゴジラ』の怪物的しるし──未来からの映画
第2章 トランプ/ネロ/ペルセウス──斩首された自由
第3章 ウンブラル──パンデミック下の「歴史の閾」
第4章 生の弱さの底に降りて行く──カミュ『ペスト』に寄せて
1 败者による歴史叙述としての『ペスト』
2 言葉への誠実さ (l’honnêteté)
3 生の脆弱さに沉潜する
第5章 イコノクラスムの彼方へ──像なき时代を创像する
第6章 无の色気──デヴィッド?ボウイから世阿弥へ
结论 「かげ」なる像の「うつろひ」へ向けて
1 技术的創像の時代のアートとサイエンス
2 パラタクシスのリアリズム
3 ホロコーストの創像的歴史叙述と建築の根源 (アルケー)
4 しるしと谜
5 「かげ」の「うつろひ」
跋
関连情报
三浦雅士 評 (毎日新聞 2022年12月17日)
岡俊一郎 評「長谷川祐子による「新しいエコロジー」のアンソロジーから、ホロコーストやパンデミックと呼応する図像の分析論まで。『美術手帖』10月号ブックリスト」 (『美術手帖』2022年10月号)
香川檀 評 (『REPRE』46号 2022年10月)