古代インドの入门仪礼
インドの文化は、世界の多くの文化がそうであったように、それぞれの时代における最先端の知识が次の世代へと伝えられ、増幅され、あるいは革新されるという営みをとおして発达した。各分野の専门知识は、师が弟子に教授するかたちで伝えられた。それぞれの知识が、それを伝えていた人々にとって重要なものであればあるほど、教授する相手は限定されなければならなかった。
本書の主題は、インドの文献に残っているものとしては最も古い、ヴェーダの宗教 (バラモン教) における入門儀礼である。この入門儀礼は前10世紀ごろから文献に言及されはじめ、紀元前3世紀ごろにはウパナヤナ (入門式) とよばれる形式が確立され、その後もインド文化の中で継承された。本書では、古代インドの入门仪礼の成立史、儀軌の変遷と詳細、「入門」が内包する観念と機能を、古代の文献に即して論じる。ヴェーダの宗教の入門儀礼に加え、初期仏教の受戒儀礼の源流をも探る。
ヴェーダの宗教の入门仪礼は、圣典学习の仪礼と、新生?再生の観念を背景とする通过仪礼との、二つの相を有する。ヴェーダ圣典は、今日に至るまで、师から弟子に口头で伝えられる。师から学ぶ资格を得るには、入门仪礼を経ねばならない。これが学习仪礼としての入门である。さらに、ヴェーダの宗教の入门仪礼では、入门者は师の「胎児」となり、圣典学习者として新たに生まれるとされる。ここに通过仪礼としての入门という相がみられる。
入门时に新生するという観念をうけて、后期ヴェーダ以降の入门式は、父母からの诞生に次ぐ二度目の诞生として位置づけられ、入门式を経た者は「再生族」とよばれるようになる。そして入门式は、それを経て再生族となる上位阶级と、入门式を受けられず再生族になれない下位阶级とを区分する社会的装置として机能するに至る。一方で、入门が内包する新生の観念は、社会规范から外れる行いをなした者が过ちの打ち消しと浄化のために入门式を再度行うという规定をも生みだした。これは入门のもつ新生?再生の面が极端に强调され、圣典学习との関係が失われている例である。
本书では、前10世纪ごろのアタルヴァヴェーダにある神秘的な讃歌群から、前3世纪ごろの仪礼纲要书グリヒヤスートラにおける入门式の仪轨まで、サンスクリット语の原文に和訳を添えて解説した。専门书ではあるが、サンスクリット语を解さなくとも、原文部分をとばして通読できるつくりになっている。ヴェーダの入门仪礼は、のちに、密教の入信仪礼や、医学生の入门仪礼など、インド文化のさまざまな分野に直接间接に影响を及ぼした。现代南アジアのヒンドゥー社会でも入门式の伝统が継承されている。ひろくインド文化に関心のある人々に本书を手に取っていただければ幸いである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 梶原 三恵子 / 2021)
本の目次
はじめに
1 「ヴェーダ」―― 古代インドの宗教文化
第一部 ブラフマチャーリンとブラフマチャリヤ
はじめに
1 リグヴェーダにおけるbrahmacārín
2 アタルヴァヴェーダにおけるbrahmacārín とbrahmacárya
3 ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッド(1)
4 ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッド(2)
5 スートラ文献(1) 「ヴェーダ学生」ではないbrahmacārin
6 スートラ文献(2) 「ヴェーダ学生」としてのbrahmacārin
7 小 結
第二部 ヴェーダ入門儀礼 ―― 儀軌の成立と展開
はじめに
1 入門儀礼と結婚儀礼 ―― 後期ヴェーダにおける確立形の概略
2 『アタルヴァヴェーダ』が伝える入門儀礼
3 ブラーフマナが伝える入門儀礼章
4 後期ヴェーダ文献が伝える入門儀礼
5 入門儀礼を構成する諸要素 ―― 先史からグリヒヤスートラまで
第三部 ヴェーダ入門儀礼の二つの相
はじめに
1 入門儀礼の二つの相(1) 学習儀礼
2 入門儀礼の二つの相(2) 通過儀礼
3 小 結
第四部 ヴェーダ入門儀礼と初期仏教の受戒儀礼
はじめに
1 仏陀その人への「入門」
2 初期経典の教説部分にみられる仏陀への入門
3 初期経典の仏伝部分にみられる仏陀への入門
4 初期律典の仏伝部分にみられる仏陀への入門
5 ウパニシャッドの入門儀礼と初期仏典の仏陀への入門
6 小 結
結 論
略号と参考文献
索 引
関连情报
梶原 三恵子「インドにおけるヴェーダの伝承について」 (『国際哲学研究』7号 2018年)
梶原 三恵子「ウパニシャッドと初期仏典の一接点 --入門?受戒の儀礼とブラフマチャリヤ--」 (『人文學報』 2016年7月30日)