社会科学と因果分析 ウェーバーの方法论から知の现在へ
本書では (1)「適合的因果」という方法論に注目して19世紀後半から20世紀初めにかけての社会科学の成立過程を再構成し、(2) 適合的因果が現在の統計的因果推論と同じものであることを論証し、(3) 社会科学の各分野が基本的に同じ方法論を共有しており、人文学とも自然科学とも異なる独自性をもつことを示した。
社会科学は人間や社会をより良い状態にするために、必要な知識を研究し、データを集めてきた。具体的には、[1] 機会の不平等のように、大多数の人間が「良くない」と判断する状態を統計や調査によって確認し、[2] その状態の原因を特定して、[3] それを解消することをめざしてきた。
特に重要なのは [2] である。今、「良くない状態」をXとしよう。論理的に (内容的に) Xの原因になりうることはいくつかある。そのなかの一つをYとしよう。この場合、YはXの原因だといえるだろうか? 実はいえない。Yの前にさらにその原因にあたるZが存在している場合 (Z→Y→X) や、XとYがそれぞれZによって引き起こされている場合(Z→Y and Z→X)があるからだ。どちらの場合も、Yを除去してもXは解消されない。前者の場合でもZを除去しないかぎり、Yが再び出現する。
この問題に対して、19世紀の社会科学では二つの解決策が提案された。第一は自然科学にならって、(A) Xを出現させる一般的な法則を思弁的に見つけ出せばよい、とするものだ。この立場は「法則定立的」と呼ばれるが、実際にはどんな一般的な法則の提案にも反証がでてきた。それに対して、人文学に近い学者たちから、(B) 観察対象を個別的に観察することで原因をつきとめられるという考え方がでてきた。こちらは「個性記述的」と呼ばれたが、Yが本当にXの原因かどうかを確認する手段がなかった。
両者が激しく対立するなかで、第三の立場があらわれる。もし仮にYがなかったとすればXは生じなかっただろうといえれば、YはXの原因だといえる。それゆえ、(C) Yの有無以外は全く同じ2つの事例があり、Yが有る事例の方ではXが生じており、Yが無い事例の方ではXが生じていなければ、YはXの原因だと判断すればよい。John Stuart Millが科学の方法論としてこれを最初に提案し、ドイツの生理学者で統計学者のJohannes von Kriesがさらに改良して、「Xに関わる他の原因が全くわからなくても、Yの有無以外は全く同じ複数の事例があり、Yが有る事例の方でXが生じる比率をp1、Yが無い事例の方でXが生じる比率をp2とすれば、YはXを確率p1-p2で引き起こす原因である」という判定方法を提案し、「適合的因果」と名づけた。
適合的因果は20世紀初めにGustav Radbruchによって法学に、Max Weberによって社会科学に導入されたが、これは現在、医学や健康科学にも普及しつつある統計的因果推論と同じものである。統計的因果推論は反事実的条件法と確率的因果論にもとづくが、上で説明したように、適合的因果もこの二つにもとづく。もちろん、現実には (C) を完全にみたす状態はきわめて稀で、仮定に依存した推論になることが大きい。そうした推論を行う上でどんな点に注意すべきか、また、仮定的推論を多く含む科学として公共的な意思決定や当事者の観察とどう関わるかについても、社会科学の各分野は同じ課題を共有している。それゆえ、社会科学では学際的なアプローチが特に効果的である。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 佐藤 俊樹 / 2019)
本の目次
第一章 社会科学とは何か
[第一回] 社会科学は何をする?
[第二回] 人文学と自然科学の間で
[コラム1] ウェーバーの方法論の研究史
第二章 百年の螺旋
[第三回] リッカートの文化科学 ~価値関係づけの円環
[第四回] 機能主義と因果の推論 ~因果のしくみと理論の意味
[第五回] システムと文化科学と二項コード ~現代の座標系から
第叁章 适合的因果の方法
[第六回] 歴史の一回性と因果 ~リッカートからフォン?クリースへ (1)
[第七回] 適合的因果と反実仮想 ~リッカートからフォン?クリースへ (2)
[第八回] 「法則論的/存在論的」 ~「客観的可能性」の考察 (1)
[第九回] 「事実」と知識 ~「客観的可能性」の考察 (2)
[第一〇回] 量子力学と経験論 ~「客観的可能性」の考察 (3)
[コラム2] 骰子の目の法則論 (ノモロジー) と存在論 (オントロジー)
第四章 歴史と比较
[第一一回] 日常会話の可能世界 ~因果分析の方法論 (1)
[第一二回] 歴史学者の思考実験 ~因果分析の方法論 (2)
[第一三回] 自然の科学と社会の科学 ~経験的探究としての社会科学 (1)
[第一四回] 比較社会学への展開 ~経験的探究としての社会科学 (2)
[コラム3] 一九世紀の統計学と社会学
第五章 社会の観察と因果分析
[第一五回] 法則論的知識と因果推論
[第一六回] 社会科学と反事実的因果
[第一七回] 因果効果と比較研究
[コラム4] 三月革命の適合的因果と期待値演算
[第一八回] 事例研究への意義
[第一九回] ウェーバーの方法論の位置
[第二〇回] 社会科学の現在 閉じることと開くこと
関连情报
中筋直哉 (法政大学社会学部教授) 評 私が社会学に出合った頃:佐藤俊樹『社会科学と因果分析』を読む (群衆の居場所ホームページ 2019年6月2日)
松原隆一郎 評 ウェーバー、百年の誤読 (ALL REVIEWS 2019年4月19日)
齋藤純一 評 「社会科学と因果分析」 硬直した対立図式を刷新する (『朝日新聞』 2019年3月30日)
鈴木洋仁 (社会学者 東洋大研究助手) 評 古典を現代に読む意味 (『読売新聞』 2019年3月24日)
コラム: 佐藤俊樹著「社会科学と因果分析 ウェーバーの方法论から知の现在へ」(2019年1月29日)を読む (菊池総合法律事務所ホームページ 2019年3月)
书籍绍介:
「因果関係」を见极める力 ビジネスに効く最新の教养 (『日本経済新闻』 2019年8月31日)