ロシア革命100年の谜
1917年のロシア革命の100周年の機会に、ロシア革命後100年のソ連?ロシアの歴史の流れを振り返りながら、革命が後世に及ぼしたインパクトとその現代的意義について、対談形式で考察一冊の本としたものである。対談者の亀山郁夫 (名古屋外国語大学学長) はロシア?アヴァンギャルド文学?芸术やドストエフスキー文学の専門家、一方、沼野充義 (東京大学大学院人文社会系研究科教授) はチェーホフやナボコフの文学、およびポーランド文学、比較文学、文芸評論に携わる文学研究者である。対談は2017年2月から6月にかけて7回にわたって、毎回3時間から4時間程度をかけて集中的に行われ、出版にあたって大幅に加筆修正された。亀山?沼野両者とも学生時代から一貫してロシアを中心として研究を続けてきた研究者であり、それぞれの長年にわたる研究歴とロシア人研究者との交流、そしてロシア滞在経験などに基づいて、謎めいたロシアの文化史上の様々な問題について包括的に議論している。
本書の最大の特色は、ロシア革命の歴史的意義について論じた本の大部分が政治史の観点からのものであるのに対して、文化?芸术史の立場から一貫して議論を展開しているということである。それに次ぐ大きな特色は、ロシア革命後の100年だけでなく、ロシア革命以前の、ロシア革命を準備したほぼ100年にわたる長い時期から論を初めていることであり、結果として本書はロシア革命を折り返し点として、19世紀初頭から21世紀初頭にいたる近代ロシアを文化史の視点から見渡す通史となっている。
本書の前半では19世紀ロシアの主として文学を取り上げ、ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなどの作品や思想に具体的に即して論じている。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に既にロシア革命を予言する要素があったこと、ロシア?フォルマリストによって「異化」(ostranenie, defamiliarization) と呼ばれた、トルストイの手法自体が革命思想につながるラディカルな社会批判を含むものであったこと、政治運動からは常に一定の距離を置いていたチェーホフも将来革命家になるかもしれない女性の姿を描いていたこと、などの点が指摘される。
そして革命前後の時期には、革命を目指し遂行した政治運動と並走していた未来派などのロシア?アヴァンギャルドの芸术家、文学者たちは、スターリン体制の確立に伴う、共産党による一元的支配の元で自由な表現の可能性を奪われていったが、アヴァンギャルドにとってかわった社会主義リアリズムの下では現代のポストモダン文化を先取りするような現象が生ずることになった。1991年のソ連崩壊後、ロシアにおいて現代的なポストモダン文化が急速に発展した素地は、もともと社会主義リアリズム時代にあった。
本書はこのような議論の展開を経て、最後に、歴史は一種の物語 (narrative) であって、現代においてロシア革命の歴史を語るためには、歴史の物語のための新たな詩学を構築する必要がある、という結論で結ばれる。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 沼野 充義 / 2019)
本の目次
序 章 ロシア革命とは何だったのか?
第1章 農奴解放からテロリズムの時代へ―ドストエフスキーの父殺し
第2章 一八八一年からの停滞―チェーホフと黄昏の時代
第3章 革命の縮図―トルストイの家出
第4章 世紀末、世紀初頭
第5章 一九〇五年の転換―ロシア?アヴァンギャルドのほうへ
第6章 一九一七年「ぼくの革命」―マヤコフスキーの運命
第7章 内戦、ネップ、亡命者たち
第8章 スターリニズムの恐怖と魅惑
第9章 ロシア革命からの100年 (レーニンとスターリン)
第10章 雪どけからの解放
第11章 ポストモダニズム以後
終 章 ロシア革命は今も続いている
付録 年表 ロシア革命への / 革命からの100年
人名キーワード ロシア革命の100人
関连情报
2017年回顾 ロシア文学端倪すべからざるロシア文学 ロシア革命百周年にちなむ出版も相次ぐ
中村 唯史 (京都大学教授) (『週刊読書人ウェブ』 2017年12月24日)
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