日本军政下ジャワの华侨社会 『共栄报』にみる统制と动员
戦時下の新聞というと、どのようなものを想像するだろうか。戦争の大義名分を国民に訴えかけ、戦意を鼓舞し続けるために、事実を捻じ曲げた記事で溢れかえった代物...。確かにそうしたイメージは、アジア太平洋戦争下の日本の新聞報道のあり方を思い浮かべれば、本質を的確に捉えているといえよう。ならば、当時の新聞は所詮プロパガンダに過ぎないのだから、全く見向きするに値しないのかというと、そうとも言い切れない。というのも、20世紀前半において新聞は (戦時期に入り急速に普及が進んだラジオと並んで) 人々にとっては日々の重要な情報源であり、そのため紙面を繰ると、虚飾にまみれた宣伝報道に浸食されつつも、同時に社会生活に関する情報や人々の関心事に応えるようなトピックもまた、着実に掲載されていたからである。となれば、まずはその新聞がいかなる性質のものであるのかを批判的に検討したうえで、同時代や少し後の時代の性質が異なる各種資料と丁寧に読み合せる作業を地道に積み重ねることで、当の新聞内で述べ伝えられている記事内容を主要資料として、戦時下の人々の歴史経験の一端を再構築できるのではないか。
こうした目論見のもと、本書が明らかにしようと試みたのは、アジア太平洋戦争のほぼ全期間を通じて日本軍が統治し続けたジャワに暮らす、中華系住民 (当時の用語法にしがたい、以下「華僑」) の歴史経験である。そして、その際に主要に依拠した新聞資料が、日刊紙『共栄報 (Kung Yung Pao)』である。この『共栄报』は、日本军政期を通じてジャワで発行が続けられた华侨向けとしては唯一の日刊纸であり、日本军による厳しい検閲のもと、华侨记者らの手により华语版とマレー语版が発行されていた。この新闻の存在は、従来から研究者の间では比较的知られていたが、しかしその内容にまで踏み込んで精査されたことはほとんどなかった。
旧オランダ領東インド (今日のインドネシア) の政治?経済の中心であったジャワは、当時5千万近い人口を抱えており、そのうち華僑は70万人ほどを数えていた。もっとも一口に華僑といっても、彼らは祖籍地も違えば渡航時期も違い、それに応じて日常使用言语を含め現地化の度合いが異なるのみならず、経済的地位や宗教信仰の面でも多様性を極めていた。加えて、オランダ植民地末期の時点において彼らは、親中国か、親オランダか、それとも勃興しつつあったインドネシア?ナショナリズムに合流するか、という政治路線をめぐっても、一枚岩というには程遠いほどに分化していた。こうした状況下で、彼らは突然の日本軍支配を経験することになる。その日本軍はというと、「華僑は華僑である」として彼らを一元的に統制?動員しようとした。
では、ジャワの日本军政は具体的に同地の华侨をどのように统制?动员しようとしたのか。また、それに対し华侨らはどのように対応していったのだろうか。実は、オランダ植民地末期から国民国家インドネシアが成立する间に挟まれた3年半の日本军政期に、この地の华侨らがいかなる歴史経験をしたのかについては、これまで资料の决定的欠落によって、その大部分が未解明のままであった。日本军政の求めに応じ华侨の侧ではどのような组织が作られ、そこで中心的に立ち回っていたのは谁だったのか、というごく基本的な事项も、従来は歴史上のミッシングリンクとして半ばスルーされてきた。本书は、『共栄报』を足掛かりに、こうした状况に风穴を开けようとしたわけである。
一般に、日本軍占領下の東南アジア (当時の用語法では「南方」) に関する研究においては、現地のナショナリズム運動指導者の言動を含め、それぞれの地で人口の圧倒的多数を占めるいわゆる「原住民」社会 (ジャワの場合はジャワ人など) に対する統治のあり方や、それに対する抵抗を含め社会の側からの反応などに、関心が集まりがちである。しかし、アジア太平洋戦争勃発のはるか前から中国と戦争を続けていた日本軍にとって、南方各地の華僑は潜在的に「敵性人」であった。と同時に、華僑は流通経済面でそれぞれの地で枢要な地位を築き上げており、それらを抜きにして占領統治を円滑に進めることはできない。このため、南方における日本軍政全般のなかで、現地の個々の事情に即しつついかに華僑を「適切に」統治するかということは、独自の重要な課題領域を構成していた。とりわけジャワは、南方全体の兵站基地と位置づけられ、これを安定的に確保することが日本軍にとっては至上命題であった。では、そのジャワにおける対華僑政策はいかなるものであり、そのもとで華僑社会はどのように統制?動員されたのだろうか。本書はこの問いを、未注目の新聞資料を批判的に読み込むことを通じて、可能な限りディテールにこだわりつつ解き明かし、おおむね時系列的に描き出している。
本书に登场する人物は、华侨だけでも600名を超えている。巻末には、军政下に成立した种々の组织も含め、详细な索引を付してあるので、さらなる探求のための研究工具としても活用してもらえればと思う。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科?教养学部 教授 津田 浩司 / 2023)
本の目次
凡例
序章 ジャワの华侨社会と日本军政
1 20世纪前半の兰印の华侨社会
2 日本军政下ジャワの华侨社会に関する先行研究
3 本书の构成
第滨部 资料としての『共栄报』
第1章 日本军政开始以前の兰印の华侨社会と新闻
1 ジャワにおける华侨纸の系谱
2 日本侧による华侨纸调査
3 黄长水と『洪报』
4 戦前の华侨系以外の主要纸
第2章 日本军政と新闻统制――『共栄报』の诞生から终焉まで
1 新闻统制と邦语纸『ジャワ新闻』の创刊
2 军政开始后のオランダ语纸?インドネシア语纸
3 军政开始后の华侨纸(华语纸)――『新新报』から『共栄报』华语版へ
4 军政开始后の华侨纸(マレー语纸)――『洪报』から『共栄报』マレー语版へ
5 ジャワ新闻会を通した统制と『共栄报』の社内体制
6 日本の败戦、インドネシアの独立と『共栄报』の终刊
第3章 『共栄报』の纸面の特徴
1 使用言语をめぐって
2 暦表记の変迁
3 発行元の记载の変迁
4 『共栄報』華語版の紙面の特徴
5 『共栄報』マレー語版の紙面の特徴
第滨滨部 日本军政の开始と华侨社会の混乱
第4章 动揺するジャワの华侨社会――救済事业の展开
1 叁好俊吉郎の回想
2 1942年3月の混乱
3 横行する略夺
4 「僑領」の利用――民生安定のために
5 救済事业の立ち上げ――バタヴィア华侨救済会
6 救済事业の统合
7 救済事业の诸展开
第5章 外国人居住登録制度の导入と华侨社会の対応
1 「敵性外国人」としての華僑
2 布告第7号「外国人居住登録ニ関スル件」の公布
3 バタヴィア市内の外国人居住登録――华侨社会が直面した课题
4 登録料问题への华侨社会の対応
5 登録期间の延长――登録料の分割纳付?纳付延期の容认
6 バタヴィア市の登録者数をめぐって
7 未登録者の炙り出し
8 华侨からの金銭徴収
9 外国人居住登録料の支払い免除化
10 各地の华侨登録の模様
11 「外国人居住登録宣誓証明書」の記載をめぐって――トゥガル県の事例
第6章 叁础运动への参加――华侨社会の组织化への模索
1 「アジア人」としての華僑
2 叁础运动の概要
3 叁础运动の华侨侧担い手――バタヴィア中华総商会
4 叁础运动委员会の立ち上げとその构成
5 组织化面で先行した华侨社会
6 バタヴィア中华総商会の解散
7 叁础运动の破绽――プートラへの移行
8 各地の华侨社会の组织化――一元化への模索
第滨滨滨部 华侨総会の成立と展开
第7章 バタヴィア华侨総会筹备委员会――首都华侨社会の组织化の过程
1 バタヴィア中华総商会の解散、その后
2 バタヴィア华侨総会筹备委员会の発足
3 华侨総会筹备委员会の构成の拡充
4 华侨総会筹备委员会の活动
第8章 华侨学校の再开?展开と教育の実态
1 解消されなかった教育の「复合社会」的状况
2 华侨学校再开に至るまで
3 バタヴィア (ジャカルタ) 市内の華僑学校
4 华侨学校再开初期の混乱――教科书をめぐる问题
5 首都ジャカルタにおける华侨教育の展开
6 バンドゥン市における华侨教育の実态
第9章 华侨総会の成立と生活の场における动员
1 プートラの成立と并行する华侨総会の整备
2 各地における华侨総会の成立と活动の概要
3 ジャカルタ特别市华侨総会の成立
4 ジャワ奉公会の成立と华侨総会
5 華僑総会を通じた動員 (1) ――生活の場における動員体制の構築
6 華僑総会を通じた動員 (2) ――貯金奨励運動
7 華僑総会を通じた動員 (3) ――宝石収集運動
第滨痴部 强まりゆく统制?动员の诸相
第10章 移住?旅行取缔令の导入と撤廃
1 兰印时代の旅行制限の復活?
2 外国人居住登録を前提とした移动の制限
3 治政令第4号「移住及旅行取缔令」の公布
4 ジャワにおける华侨の抗日活动――「ピート?ファン?ダム」と「復兴社」
5 移住?旅行取缔令の対象からの华侨の除外
第11章 字常会?隣组の活动と华侨社会――「民族协和」の実践
1 字常会?隣组制度の导入
2 华侨住民に対する行政管理――大都市部における华侨区长制度
3 字常会?隣组制度の导入――生活领域に浸透する军政
4 「アジア人」としての協働の経験
第12章 华侨の警防组织――1944年后半以降の防卫动员の本格化
1 「华侨も戦列へ」
2 华侨と警防组织、初期の展开――夜警组织と警防団
3 オランダ军侧资料に见る华侨の警防组织の概要
4 日本军侧资料に见る华侨の警防组织の概要
5 参谋部别班による华侨の防卫动员工作――游撃戦体制の构筑
6 『共栄報』に見る華僑の警防組織の錬成開始過程――ジャカルタを中心に
7 ジャワ防卫华侨委员会の立ち上げ
8 华侨の警防组织の錬成强化と防卫动员の彻底化
9 华侨の警防组织の面的展开と各组织间の関係――スラバヤ市の事例を中心に
10 オランダ军侧资料に见るスラバヤ华侨社会内部の轧轢
終章 『共栄報』から見えること / 見えないこと
1 日本の无条件降伏前后の数か月间
2 日本军政后の记者たち、それぞれの歩み
3 『共栄報』から見えること
4 『共栄報』からは見えないこと
あとがき――『共栄报』の復刻と本书の执笔をめぐる経纬
参照文献
引用记事リスト
索引
関连情报
第13回地域研究コンソーシアム賞 (JCAS賞) 研究作品賞 (地域研究コンソーシアム (JCAS) 2023年)
プロジェクトページ:
『共栄報 (Kung Yung Pao)』プロジェクト
书评:
岡田泰平 評 (『教養学部報』第646号 2023年6月1日)
北村由美 評「華語新聞から日本軍政期の華僑社会を読み解く1冊」 (『月刊インドネシア』 2023年10月号)
倉沢愛子 評 (『華僑華人研究』第20号 2023年11月)
メディア出演:
津田浩司×中西嘉宏「ブックトーク?オン?アジア」 (東南アジア地域研究研究所|YouTube 2023年5月24日)