天皇の歴史04 天皇と中世の武家
『天皇と中世の武家』は、鎌仓时代を扱った第一部「鎌仓幕府と天皇」を河内祥辅氏、南北朝?室町时代を扱った第二部「古典としての天皇」を新田が、それぞれ担当して执笔した。中世日本の「国家」の基干的な构造を「朝廷?幕府体制」と捉えたうえで、第一部は、「武家」の成立によって「朝廷?幕府体制」が形成の绪につき、公武间の応答を重ねて动的な均衡の模索を繰り返す过程を、第二部は、鎌仓幕府の倒壊によっていったん崩れた「朝廷?幕府体制」がモデルとして回顾的に参照され再建を希求され、そうした动きがやがて「近世」の成立へと帰结する経纬を描く。
「天皇の歴史」を时代ごとに叙述するシリーズの一巻であるとはいえ、本书は単に时系列に沿って人の事绩や事件の継起を辿るのではない。とりわけ第二部は、人が生き事件が起きる场が、どのような构造を持ち人々をどのように条件づけていたのか、その构造や条件がどのように推移したのか、そうした仕掛けの中で「天皇」がどのような意味を持っていたのか、といったことがらに着目する。人々は社会の中で无前提に「自由に」振舞うのではない。一定の条件が共有されてこそ人々の関係は形を成し、世界は安定した构造を获得する。そうした条件を充足するうえで重要な役割を果たしたのが、世界を缓やかに同期する仕掛けの轴となる、「古典」という肠辞苍惫别苍迟颈辞苍补濒な装置であった。
去にし世のあらまほしきさまが、文芸や仪礼などにその姿形をとどめ、理想化されたモデルを示す。これに「古典」としての规范性を持たせ、その再兴を掲げることによって、世界の営みに共通の志向性が付与される。中世を通じて、古今和歌集や源氏物语などが代表的な「古典」としての地位を确立し、平安の盛时に仮託された文明世界へ憧憬の视线を导き、武家をもその构図に取り込んで、中心から周縁へと卑俗化しつつ流布していった。それが、日本を日本として同定する条件にも関わることになる。
古典をモデルとして构想された世界において、天皇は容易に代替の効かない独特な位置を占め役割を担う。いわゆる「南北朝内乱」は、家系継承をめぐる公家社会内部の竞争に、公家社会にモデルを求めて「家」の形成を模索する武士たちの动向が共振して生じた、いうなれば社会の生态学的构造上のニッチをめぐる无数の竞争が织り成す、复雑な过程であった。この争乱とそれに続くエピソードを経て、天皇位を特定の血统ないし系谱に沿ってリニアに継承する「直系」が形成されたことは、その担うべき役割が截然と分かたれて武家の竞争相手ではなくなったことと相俟って、天皇の生态学的地位の安定に帰着する。
本书が、この主题に関する叙述として独自の価値を主张しうるものかどうか、着者としては聊か量り难いものがあるが、従来のこの种の叙述の主流をなしてきた政治史とも制度史とも异なる、构造史的把握の试み、ということはできるかもしれない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科?法学部 教授 新田 一郎 / 2016)
本の目次
はじめに
第一章 平安时代の朝廷とその动揺
第二章 朝廷?幕府体制の成立
第叁章 后鸟羽院政と承久の乱
第四章 鎌仓时代中?后期の朝廷?幕府体制
第二部 「古典」としての天皇 (新田一郎)
第一章 朝廷の再建と南北朝の争い
第二章 足利义満の宫廷
第叁章 「天皇家」の成立
第四章 古典を鑑とした世界
终章 近世国家への展望