ふわふわする漱石 その哲学的基础とウィリアム?ジェイムズ
夏目漱石の作品には、夢と現実のあいだ、生と死のあいだ、有と無のあいだなど、対立するもののあわいが描かれる。『夢十夜』や『漾虚集』(「漾虚」とは「虚」を「漾 (ただよ)」うという意味である)といった幻想的な短編集においてはもちろんのこと、『明暗』などの長編小説においてもそれは同様である。
重要なことに、漱石は「ふわふわ」という语を用い、このあわいを漂うさまを表现する。「余裕派」とも称された漱石の小説には、深刻な主题が扱われていてもどことなく「ふわふわ」したところがあり、その意味で、この语は漱石文学の不思议な魅力をよく説明していると言えよう。
この语が含意するイメージの背景には、同时代を代表する米国の思想家ウィリアム?ジェイムズの议论があった。ジェイムズといえば、まずは「プラグマティズム」が思い浮かぶかもしれない。だが、彼が最初に世界的な名声を得たのは心理学においてであり、そこで强调されたのが「意识の流れ」という学説である。
漱石は、心の流动性を强调するこの説を自身の哲学的基础に据えた。この世界の基本的な存在様式を「流れ」として捉えたのである。だからこそ漱石のテクストではこの基础的な「流れ」を「ふわふわ」と漂う存在がしばしば登场する。
このように、根本的なところで共鳴する漱石とジェイムズだが、この両者の関係について徹底的に探究したのが本書である。まず第一章と第二章では、漱石の『文学論』に注目した。同著において重要な役割を果たす (F+f) という公式、さらに「文芸上の真」という概念は、『心理学原理』や『宗教的経験の諸相』といった著作に現れるジェイムズ思想と深い関係を持っている。
また、第叁章、第四章では「文芸の哲学的基础」や「创作家の态度」を取り上げ、漱石の「哲学的基础」の分析をおこなった。そのなかで、なぜ漱石のテクストでは「ふわふわ」することが描かれるのか、それはいかにジェイムズの思想と関连するのかが明らかになっている。さらに、この「哲学的基础」を踏まえ、よく知られた「自己本位」という思想の新たな意义やそれがもたらす问题点も明らかにした。
最后に、第五章においては、『道草』や『明暗』といった漱石晩年の小説の検讨をおこなっている。この二作品においては、人と人が「融け合う」という表现が重要な意义を持つが、これは漱石が熟読したジェイムズの『多元的宇宙』という着作と深い関係がある。それを理解することは、「则天去私」という语に暗示される谜めいた漱石晩年の思想の理解にもつながるだろう。
以上のように、本书は「ふわふわ」する漱石に注目することから出発し、その背景にあったジェイムズの思想を合わせて考えることで、これまで知られていなかった漱石の新たな侧面を明らかにしている。日本近代文学とアメリカ哲学を代表する両者に関心がある方にはぜひ手に取っていただきたい一册である。
(紹介文執筆者: 岩下 弘史 / 2022年1月11日)
本の目次
第一章 (F+f) とジェイムズ心理学をめぐる微妙な関係
第一节 『文学论』の动机
第二節 (F+f) と心理学
第三節 「F」と (F+f) の意義
第四节 『文学论』解読
第二章 『文学论』における「文芸上の真」
第一节 「文芸上の真」の背景
第二节 漱石の「文芸上の真」
第叁节 『宗教的経験の诸相』との共鸣
第四节 『宗教的経験の诸相』が示唆する「真の事実」
第叁章 「文芸の哲学的基础」と「真に」存在するもの
第一节 漱石の「哲学的基础」
第二节 「理想」の意义
第叁节 「还元的感化」の仕组み
第四章「创作家の态度」と「ばらばら」な世界
第一节 「创作家の态度」の「极端」な世界観
第二节 「自己本位」の语り
第叁节 「ばらばら」な人间と世界
第五章『多元的宇宙』と漱石晩年の思想
第一节 『多元的宇宙』と「融け合う」世界
第二节 『明暗』における『多元的宇宙』の残响
第叁节 「则天去私」に暗示される思想
おわりに
関连情报
第1回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2020年)
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书评:
服部徹也 評「漱石研究とジェイムズ研究双方の最先端の水準が出会うところで、アクロバットを試みる――今後の漱石研究者が避けて通ることのできない一冊」 (『図書新聞』第3509号 2021年8月28日)